2002/10の湾岸署
[2002年10月25日(金)]
小さな郵便局である。窓口では職員がいつものように仕事をしている。
そこに覆面をした男が飛び込んできた。
身構える一同。
「や、やい、金を出せ!」
男は窓口の女性職員に包丁を向け鞄を投げた。
「袋に入れろ!」
男が怒鳴ると職員たちは血相を変えて周りから金を集めて詰め込んだ。
「よし、こっちによこせ!」
金の入った鞄をもぎ取る男。
そのスキを見て奥にいる局長らしき男が机の下のボタンを押した。
局内にベルが鳴り響く。道路に面したところのサイレンが赤く光り回り出す。
「ちっ」
男は慌てて飛び出ようとするが、そこへ女性職員も飛び出した。
「うりゃあ!」
男の背後から跳び蹴りを食らわせる。
「うわぁっ!」
外に蹴り出された男の覆面が取れた。青島である。
「あっはっは」
後ろで仁王立ちになって高笑いしているのは職員の格好をしたすみれである。
青島は慌てて立ち上がり鞄を抱えて逃げ出した。
「さぁ、いけーっ」
すみれの合図に従って職員たちも出てきてカラーボールを投げる。
一二個逃げる青島の頭や背中に当たって破裂した。
「はい、カーット」
陰から真下が手を叩きながら出てきた。
「なんだカットって」
後ろには和久もいる。
「皆さんよかったですよぉ。ただこの人みたいに跳び蹴りするのは無謀ですからねぇ。皆さんはカラーボール投げるくらいにしましょうねぇ」
真下がすみれを指し叫んだ。
「これから年末は強盗事件が多く発生します。この防犯訓練が・・・」
真下が演説を続けているところに、青島が息を切らせながら戻ってきた。
「ひどいよ、すみれさん。キックなんて台本になかったじゃないか」
頭がペンキで赤くなっている。
「ご苦労だったなぁ」
和久は笑って見ている。
「アドリブよアドリブ。犯人だっていろんな状況を想定しなきゃね」
というすみれも笑っている。
「オレは犯人の練習してるわけじゃないんだからアドリブなんていらないよぉ」
青島は背中に当たった黄色いペンキを気にしながら返した。
「・・ということで、ご協力お願いします」
と真下が締めると、何故か職員たちから拍手があがった。
「なんであいつが拍手貰ってんだよ。よし明日の犯人役は真下だ。蹴り入れてやる」
と睨む青島。
「なんでぇ。犯人役はこれから蹴られ続けるんじゃねぇだろうな」
と和久は他人事のように笑うのだった。
[2002年10月01日(火)]
刑事課の一同が袴田の前に列を作っている。
「うん?」
ちょうど出勤してきた青島。
「なに、これ?」
そばにいた真下に、列を指さして訊ねる。
「これですよ、これ」
真下が警察手帳を見せた。縦開きである。
「あ、これも?」
真下の胸には新しいバッヂが光っている。
「早く先輩も貰いに行った方がいいですよ」
そう促されると、青島は列の最後尾に付いた。
「今日から手帳とバッヂが変わるんだったっけ」
そう言いながら腕時計の日付表示を見ると“31”となっている。
「いけね」
リューズを回してカレンダーを合わせていると、青島の番になった。
「はい、青島」
袴田が手帳とバッヂを手渡す。
「ども」
と言いながら受け取り去ろうとすると、
「おいおいおいおい」
と後ろから捕まれた。
「古い方返却」
袴田が段ボールを指さす。
ポケットから古い手帳を出し
「返すんすか。コレクションしとこうと思ったのになぁ」
と名残惜しげに眺めていると、袴田がそれを奪い
「はい、返却完了」
と段ボールに放りこんだ。
「ちぇ」
残念そうに段ボールを覗きこみ、青島は自分の席に戻った。
数回、手帳を開いたり閉じたりしてみる。
隣で和久も同じようにパカパカやっている。
「ねぇ、和久さん。これ、なんかピンとこないすよねぇ。おもちゃみたい」
「こんなミテクレだけ新しくしてもしょうがねぇのになぁ」
「そうすねぇ」
和久の机の上に投げ出されている新聞には“警官また不祥事”という見出しが踊っていた。