2002/09の湾岸署
[2002年09月30日(月)]
「あー疲れた」
青島が唸りながら自分の肩をポンポンと叩いた。
「なんでぇ、おめぇも歳くったなぁ」
と隣の和久。
「和久さんだってあの日差しの中一日立ってたら次の日疲れ出ますって」
「たりめぇだもう爺さんだからな。でもおめぇの歳の頃は元気だったぞ。中革だとか革マルだとかと毎日やり合って…」
全て聞く前にすみれが割って入った。
「しかも青島君、ただの運動会でしょ」
「そうだ、おめぇと一緒にするな」
和久は小声で付け足した。
「運動会?」
雪乃が訊ねる。
「そ、運動会。昨日海峰小学校の運動会だったの。それの警備」
すみれが説明した。
「ほら、最近物騒な事件多いじゃない。だから警備に駆りだされたのさ」
青島が付け足したが、
「何が『駆りだされた』よ。美香先生が来たもんだから鼻の下伸ばしながら行ったじゃないの」
とすみれに突かれた。
「ただ立ってるだけじゃ能がないから玉入れと綱引きと徒競走と騎馬戦に参加したのさ」
と青島。
「おめぇ何しに行ったんだ」
呆れる和久。
「お陰で身体痛くって痛くって」
再び肩を叩く青島。
「同情する余地なしね」
そう言って、一同四散するのだった。
[2002年09月05日(木)]
「腹減った〜。昼は何にしよっかな。うどんかな、そばもいいな」
独り言は現場からの帰り道の青島である。
くわえタバコでポケットに手を入れ小走り気味に歩いていると、ドカンと大きな音が聞こえた。
「あ、事故だな」
音を頼りに路地を曲がると、自動車が電柱に衝突しているのを見つけた。
住宅街であったので主婦がワラワラと集まってきて口々に驚きの声を上げている。
駆け寄る青島。
車の中を覗き込むと運転手が一人エアバックにつぶされながらウグウグうなっている。
ボンネットのへこみもそれほど大きくない。
「誰か119番されました?」
と周りに訊くが、何の反応もない。
それを見て少し乱暴に携帯電話を取り出し、ダイアルした。
「もしもし、湾岸署の青島です。車の事故がありまして救急車まわして欲しいんですが・・・いや、僕じゃないすよ。えぇ。場所は・・・」
住所を告げると電話を切る。
それと同時に事故した車から「なんだこらぁ、見るな見るな」と叫び声。
周りの主婦たちは少し遠巻きになる。
「こんなところで事故しちゃ見られてもしょうがないよ」
と青島は車の中に頭を入れたが、すぐに鼻を摘んだ。
「ダメじゃない、飲んだら乗るなって教習所で教わらなかったぁ?」
酒のにおいが充満している。
すると運転手がノソノソと這い出てきた。
「なんだ若造。オレを誰だと思ってるんだ」
その中年の男は真っ赤な顔をしたまま酒臭い息を青島に吹きかけ絡んだ。
「誰か知らないけど、ケガしてるじゃない。ほら、落ち着いて」
男はどこかにぶつけたか額が軽く切れている。
「頭打ってないすか?動かない方がいいすよ、救急車呼んだからね」
そう言って男をいなすと再び携帯電話を取り出した。
「もしもし。あ、夏美ちゃん?青島です。車の自損があってね、処理お願い出来るかな。酔っぱらい運転だね・・」
そこまで言ったところで、男が青島の胸ぐらを掴んできた。
男は呂律が回っていない口調で言った。
「こら、オレは警視庁の刑事様だぞ。なめた口きくんじゃねぇウグッ」
そこまで聞くと青島の表情が変わり、男のアゴを強く掴んだ。
男の顔がゆがむ。上着のポケットからは警察手帳が覗いている。
「刑事様らしいよ。丁重にお迎えしよう」
青島はそう電話の夏美に向かって言い、電話を切る。
アゴを掴んでいた手を離すと、男はそのまま尻餅をついた。
「長い一日になるぞ」
青島はそう言うと、男を厳しく睨みつけるのだった。