2002/01の湾岸署
[2002年01月23日(水)]
参考書を持った学生服が行き交う道。
「ここでしたっけねぇ」
青島がビルの屋上を見上げた。
「ん?何がだ」
と言いながら和久もつられて見上げる。
「ほら、飛び降りようとした学生助けたじゃないですか」
「そうだっけ?」
見上げるのを辞めた和久は首の当たりを押さえている。
「僕が腰に命綱付けて落ちそうになった学生をガシッと掴んで・・」
青島は引っ張るような格好になって言った。
「おめぇが適当なこと言って止めたのは覚えてっけど、そんなのは覚えてねぇなぁ」
「なんだ、覚えてんじゃないすか」
学生の往来は止まらない。
「今年は大丈夫っすかねぇ」
「ここんとこねぇから大丈夫だろ」
和久は首を揉みながら適当に答えた。
「やれ落ちた。やれ浪人。死ぬ〜って、もういやっすよ」
その声に反応して学生たちの足が一斉に止まる。
青島がハッと顔を上げると、周りの学生達は青島を睨んでいた。
「す、すいません」
思わずたじろぐ青島。
[2002年01月18日(金)]
「湾岸署の真下と言います」
と真下は何かを見せた。
その相手はすみれである。
「なにこれ!」
すみれはそれを奪い取った。
「かっこいい。なんかアメリカ警察みたいじゃん」
ほら、と青島にも見せた。
「あぁ、ロス市警に研修行った時に見たけど、よく似てるねぇ」
何故か自慢気な真下が言う。
「日本の警察も10月からはそれになるんですよ」
「えっ、そうなの?」
一層念入りに見るすみれ。
「なんかおもちゃみたいだなぁ」
と青島。
「父に頼んでサンプル作ってもらったんです」
と真下。
新しい警察手帳には姿勢を正しながらも少し嬉しそうにしている真下の写真が貼られている。
「あぁ、サンプルねぇ。だからここに『見本』ってあるのね」
とすみれが指さしたところに赤字で書かれていた。
「しかし、ほんとおもちゃみたいね」
とすみれ。
「手帳見せるのに表紙しか見せない警官多いらしいんですよ。ちゃんと身分証明するためにこういう形になったらしいですよ」
と真下。
「そんなバカ警官のために税金使うの?もったいない」
怒るすみれ。
「でもこれじゃあ逆に信用されないよね」
といつの間にかタバコをくわえている青島だったが
「青島君は見せても信用されないことあるんだから、同じでしょ」
とすみれに言われ、思わずタバコを落としたのだった。
[2002年01月17日(木)]
背中を丸めて歩いているのは青島と真下である。
「何怒ってるんですか」
と真下。
「だって、消防の仕事だろ?」
と、タバコを携帯灰皿に押しつけた。
「だからぁ何度も言わせないでくださいよ」
そういう真下の横で青島は落ちていた缶を拾いゴミ箱に捨てている。
「ほら今、乾燥してるでしょ?火災も多いんですよ。消防が手一杯で防災訓練出来ないんですって」
「へぇ」
気のない返事をする青島。
「だから応援要請が来たんですよ。例の怒りっぽい人から直々に」
「あぁ、あの人ね。オレも昔文句言われたよ」
風が青島の前髪を揺らした。
「スケジュール管理が出来てないんだよなぁ」
と渋い顔をする青島。
「しょうがないじゃないですか。火事起こる予測出来てたら消防いらないでしょ」
「まぁそうだけどね」
乱暴にポケットに手を突っ込む青島。
「だからって何でオレたちなんだよ」
「オレたちじゃないですよ。僕は巻き添えなんです」
「なんでさ」
「海峰小学校の防災訓練ですよ?先輩以外いないじゃないですか」
難しい顔をする青島。
「で、それで何でお前が巻き添えなんだ」
「すみれさんから『美香先生に手出したりしないように見張って』って」
「なんだそりゃ」
ふてぶてしい顔をする。
「『教師も刑事も不祥事が多いから何があるかわかんない』って言ってましたよ』
とマフラーを巻き直しながら真下。
「オレをどこかのバカ刑事と一緒にすんなよ」
「知りませんよ、すみれさんに言ってください」
「ったく・・」
間もなく校門が見えた。
「あ、美香先生ですよ」
と真下が言った時には既に青島は前を小走りで歩いていた。
「先生!」
と青島は片手を揚げながら美香に近づき、
「年賀状有り難うございます。さすが先生、絵も字も綺麗ですねぇ」
等と楽しそうに話している。
それを後ろで見ていた真下は
「すみれさん。僕は先輩を止められそうにありません」
と、天を仰ぐのだった。
[2002年01月16日(水)]
青島と和久は署の玄関に飛び込んだ。
「うー!」
二人とも傘を開閉し雨露を払う。
「ご苦労様ですぅ」
ちょうど圭子が出てきた。雨具に身を包んでいる。
「ご苦労様の毎日だよ」
和久はいつもの調子で答えた。
「これからパトロール?大変だねぇ」
と青島は空を見上げながら言った。
「どうしたんですか?青島さんビショビショじゃないですか」
圭子は驚いた顔で青島の全身を見る。
緑のコートが濡れて変色している。
「こいつ傘差すの下手でよぉ」
と和久は親指で青島を指しながら言う。
「普通に話しゃいいのに身振り手振りするからこっちまで濡れちまうよ」
と肩のあたりを払っている。
「これは体力付けるのにいいんだよ」
と青島。
「は?」
聞き返す圭子に青島は脱いだコートを手渡した。
「う、うわっ。重ーい!」
コートを落としそうになる圭子。
「なんですか、これぇ。うわっ」
裾から滴が落ちている。
「おめぇのコートは吸水性抜群だなぁ」
と和久。
圭子からコートを返された青島は頭を掻いている。
「この色出すのに苦労したんすよ。ヤスリかけて何度も洗濯して」
「その結果がこれか。ほんとにバカだなぁ、おめぇは」
じゃ、と圭子に言いながら署内に入っていく。
「バカは和久さん譲りすよ」
「何言ってやがる。オレに会う前から着てたじゃねぇか」
「そうでしたっけ?」
「それにオレはお前に何も譲ったことはねぇよ。勝手に譲られんな」
「冷たいなぁ、和久さん」
「じゃあ、うちの娘譲られろ。そうしろ」
「譲られろってどこの言葉っすか」
「うるせーなぁ」
そこまで聞こえてエレベータの扉が閉じた。
「いいコンビだわ」
と呟いた圭子が振り向くと、いつの間にか雨は上がっていたのだった。
[2002年01月14日(月)]
全員でモニターを見上げている。
「はぁ、こんなのに借り出されたらやですねぇ」
と真下。
「今年は勝鬨の連中が行ったらしいですよ」
と中西係長。
「あっ」
と青島が叫ぶ。
モニターに勝鬨署の見慣れた刑事が映ったが、少年に殴られてそのままフレームアウトしていった。
「やられちゃった」
と青島。
テレビのニュースは
『大荒れの成人式の模様をお送り致しました』
と、コマーシャルに切り替わった。
誰からともなく全員モニターから離れていく。
「こんなんなら成人式なんてやらなきゃいいのに」
と雪乃。
「そうはいかないんじゃないか?やっぱり記念だろう」
と袴田がゴルフクラブ片手に答える。
「雪乃さんだって着物とか着たんでしょ?見たかったなぁ」
と真下がデレデレ言うが
「私そのころアメリカにいましたから成人式やってないんです」
と雪乃は素っ気なく答えた。
残念がる真下の横から、和久。
「子供から大人になる課程が昔ほどゆっくりじゃなくなったんじゃねぇかな」
難しい顔をする青島たちを横目に続けた。
「いろんな情報吸収して大人ぶった気になってるけどよ、心が追いついてないんだよ、きっとよ」
とお茶をすする。
「それを急に『お前ら今日から大人だ』って言うから歪みが出るんじゃねぇかな」
と言うと、
「なんてな」
と小さく笑った。
「じゃあ30くらいで成人式するといいかもしんないすねぇ」
と笑う青島に
「30になったっておめぇみてぇな奴もいるし、分かんねぇぞ」
と和久が肩を叩いた。
「どういう意味すか、それ」
と反論する青島を囲んで、一同笑うのだった。
[2002年01月06日(日)]
「よいしょ、よいしょ」
すみれが重そうに両手鍋を抱えて上がってきた。
「なんです?それ」
真下が鼻をくんくんさせながら蓋を開ける。
「うわぁ、おいしそう!」
たっぷり作られた汁粉であった。
「お雑煮は食べる機会があったけどお汁粉はなかなか食べらんなかったから。いつまでレディーに持たせる気?」
とすみれは真下に鍋を手渡した。
「実家からお餅送ってきたんだけど一人じゃ食べきれないしね」
と続けた。
「すみれさんも食べきれないなんてあるんですね」
と真下。
「量はいいんだけど、毎日毎食お餅じゃさすがに飽きるわよ」
「はぁ、飽きの問題ですか」
刑事課に入ると近くの机に鍋を置く。
真下はいつも調子で、
「皆さん!すみれさんがお汁粉を作ってくれましたぁ!」
と大声を張り上げた。
「おー」
などと言いながら近寄る一同。どこからかお椀と箸も持ち寄られた。
ほどなく一同に汁粉が行き渡る。
「やっぱうまいねぇ。カレーもいいけどお汁粉もね」
などと言いながら喜ぶ青島。
「お餅丸いんだねぇ」
と珍しそうに眺める魚住。
「実家の大分から送ってきたんです」
とすみれ。
「あれ?すみれさん東京じゃなかったっけ?」
と、食べながら魚住。
「言いませんでしたっけ。うち両親とも大分出身なんです。私が産まれた頃はこっちにいたんですけど、今はまた大分にいるんですよ」
汁粉の鍋をかき混ぜながら答えるすみれ。
「このあずき、炊いたんですか?時間かかったでしょう」
と雪乃。
「えぇ、まぁ。家から用意してきたんだけどね」
とすみれは背を向けて、ようやく自分の汁粉に箸を付けた。
「へぇ、意外にすみれさんて家庭的なんだぁ」
と真下や青島の感心する声が行き交う頃、階下から夏美が上がってきた。
「もう。燃えないゴミをこんなに出さないで欲しいなぁ」
と言う手に握られた袋には、レトルトの『汁粉の素』の空き袋が大量に入っているのだった。
[2002年01月05日(土)]
すっかり外は暗くなり、寒空には星が瞬いている。
「なんだよ、あいつ・・・」
青島が怒りながらマンションの玄関から出てきた。
「まぁまぁ」
と隣りはすみれ。
「あれ、銃の免許取り消した方がいいんじゃないの?」
と青島は今出てきたマンションの部屋を親指で指さした。
「そうねぇ、私もさすがにびっくりしたわ」
とすみれ。
「俺ちょうどそこの現場にいたんだよね。そしたらパンッって鳴って」
「私も万引き犯捕まえてたとこ」
「真下が呑気に『先輩の近くで銃の暴発があったみたいです。行ってください』だってさ」
「まぁ近くに誰かいれば私もそうするわ」
「走って来たらまたパンッて鳴ってさ」
「驚いたわねぇ」
いつの間にか青島はタバコを吹かしている。
「あの人、昔鏡くんに銃奪われてた人だろ?」
と青島。
「そうよ、あの時も暴発したんだとか言ってた」
とすみれはマフラーを巻いた。
「今日も二度だよ?あんなのに銃持たせたら駄目だ」
と青島は怒って鼻から煙を吹き出した。
すると、
パンッ!
と音が響く。
「!?」
青島とすみれは慌てて先ほどの部屋を振り返った。
しかし、そのマンション一面が明るく照らされた。
それに歓声が続く。
再度振り向く二人。
ドーン!という軽い地響きと共に、二人の目の前に大きな花火が花を咲かせた。
「冬に花火・・・?」
唖然とする青島。
「そういえばどこかが花火あげるとか言ってた気がする」
とすみれが言うのと同時に、再び花火が上がる。
「また暴発かと思ったよ。びっくりさせんなよな」
と言いながらも、青島は嬉しそうに花火を見上げた。
「うふふ、そうねぇ」
と言いながらすみれは、赤や青の光で照らされる青島の横顔を、嬉しそうに見上げたのだった。
[2002年01月02日(水)]
「あ、なんかへーん」
「意外に似合ってますよ」
雪乃、真下が口々に言う。
「な、なんだよ」
と狼狽える青島は、黒いコートに身をまとっていた。
「どうしたんですか?」
と雪乃。
「いや、昨日親戚の子供が来てさ、コートにお汁粉こぼしちゃったんだよね」
と青島は頭を掻いた。
「それでそのコート?」
と、席のすみれ。
「いつも行ってる店が正月休みでね。近場で手頃なの買ったのさ」
と青島はカバンを置く。
「カバンまで変えたんですか」
と真下。
「コートに合わせたんだよ」
と言う青島に、すみれがようやく気がついた。
「背中延ばして歩いて、黒いコートに黒いカバン。なんだか室井さんみたいよ」
と笑った。
「そうなんだよね」
と青島。
「思わず背筋は伸びるし眉間にしわは寄るし」
とようやくコートを脱いだ。
「堅苦っしくて駄目だね」
ポケットからくしゃくしゃのタバコを出して、一服をする青島。
「あぁ」
とすみれ。
「逆に室井さんも青島くんのコート着せたらチャラチャラしながら暴走するのかしらね」
と笑うと、雪乃たちもつられて笑った。
「チャラチャラも暴走もしてないだろ」
とタバコの煙とともに反論する青島だったが、すぐに
「してますよ」
と雪乃と真下に返され、苦笑いするのだった。
[2002年01月01日(火)]
「今年はどうだろうねぇ、秋山くん」
と階段を下りる神田。
「いや、やっぱり無理ではないかと・・・」
と隣の秋山。
「そうだねぇ。正直言うとねぇ、僕もあきらめてるんだよねぇ」
と神田の眉が八の時に曲がる。
「まぁでも一応顔見せだけでも。なんと言っても署長は我が署の顔ですから」
と秋山。
「そう?やっぱりそうだよねぇ」
神田は嬉しそうに最後の段を降りた。
「あ、署長ネクタイ・・」
と神田のネクタイを整える秋山。
「よしっ」
と気合いを入れた二人は刑事課に飛び込んだ。
「はい、署長の新年の挨拶だ」
と手を叩く秋山。
「明けましておめでとう、諸君」
とやや太めの声で叫ぶ神田。
「あ・・」
止まる二人。
刑事課内にはゴルフクラブを磨く袴田以外誰もいない。
「おい袴田、なんだねこれは」
と秋山。
「は?皆現場に出ておりますが・・、何か?」
とクラブを置く袴田。
「何か、じゃないだろう何かじゃ。署長の新年の・・」
神田が秋山を制した。
「もういいよ、秋山くん。こういうことなんだよいつも」
と言い、階段をトボトボと上がっていく。
秋山もその後から小走りについて戻った。
それと入れ違いに帰ってきたのは青島である。
「ただいま帰りました」
疲労の色を隠せない。
「お、明治神宮の警備だったな。大変だったろ」
と袴田。
「スリに喧嘩に賽銭泥棒に・・大変でした」
と半笑いの青島。
「うん、帰って休め。お疲れ」
というと、袴田はクラブ磨きを再開した。
「はーい」
と廊下に出る青島。
ちょうど階段を上がる神田達の背中を見た。
青島は背筋を伸ばしカバンを肩にかけ直し、その背中に笑って言った。
「あけましておめでとうございます」