2001/12の湾岸署
[2001年12月31日(月)]
「今年もあっという間だったわ」
とすみれは年越しそばをすすった。
「そうですねぇ、って何やってんすか」
と真下は窓の外を見る。まだ昼過ぎである。
「おなか空いちゃったのよ」
とすみれは箸を持つ手でごめんの仕草をした。
「おなか空いたって、さっきお昼食べてたじゃないですか。しかもそれ買い置きでしょ」
と真下。
「年頃の女の子はおなかが空くのっ」
と言うと、すみれは残りのそばをかき込んだ。
「それに青島くんがまた年越しラーメン作ってくれるかもしれないし」
と、嬉しそうにしている。
「あ、今年はそれないですよ。先輩、警備に借り出されてます」
と真下。
「警備?」
「えぇ、明治神宮です。ほら、テロやなにかの影響で警備の増員があるらしいんですよ」
という真下にすみれは大きく頷いた。
「手が足りないらしくて、先輩が・・」
「なんで青島くんなのよ」
とすみれは怒っている。
「じゃんけんで負けたんです」
「なんなのよ、それ。去年は不覚にも寿司で満腹になっちゃったから今年は気合い入れてたのにぃ」
とすみれはますます怒っている。
「別にいいじゃないですか。年越してから作ってもらえば」
と真下は呆れ顔で書類書きに戻った。
「そうね、そうするわ」
とすみれ。
「食い初めは青島くんのラーメンね」
と言いながらそばのどんぶりを洗いに行くのだった。
「来年も食い気から入るのかぁ・・」
と真下は軽くため息をつきながら、仕事を続けるのだった。
[2001年12月30日(日)]
「さっきまでにぎやかだったのになぁ」
と袴田がつぶやく。
刑事課内には他に誰もいない。
ゴルフクラブを拭く手をとめて、壁に立てかけた。
時計をチラリと見る。
針の音まで聞こえてくる。
「あ、昼飯か・・・」
そう言うと、引き出しの中から弁当を出した。
「なんだか窓際族みたいだな・・・」
と弁当の蓋を開いた瞬間であった。
「ほらほら、話はゆっくり聞くから・・」
と和久は被疑者らしい男の肩を叩いている。
それと一緒にエレベータから降りてきた青島と真下は
「だからな、お前があの時出てこなけりゃ!」
「先輩一人に任せられなかったんです!」
と怒鳴りあっている。
階段からは暴力班係の刑事たちがふてぶてしい顔をした集団を引き連れてあがってきた。
「やめろっつってんだろ!」
「ほら、おとなしくしろ!」
「うるせー!」
「うるせーのはてめーだ!」
とこちらも怒鳴りあっている。
その後ろからすみれと武が外人を連れてあがってきた。
外人は大声で何かを訴えている。
すみれは
「武くん、通訳してよ!」
と叫ぶが、
「こっちがうるさくて聞こえません!」
と武は前をいく暴力班達を指さしながら叫び返す。
それら全員が同時に刑事課に入ってきた。
驚く袴田は一番先に入ってきた青島に
「な、なんなんだ、この騒ぎは!」
と皆に負けないほどの大きな声で尋ねた。
「え?なんです?!」
その声は青島の耳まで届かなかったらしく聞き返した。
が、その後ろからドヤドヤと他の全員が入ってきてもみくちゃになってしまった。
「・・・・」
唖然とする袴田。
しかしすぐに和久や暴力班らはそれぞれ取調室へ、青島と真下はそのまま休憩室へ消えていった。
一瞬にして静けさが戻る刑事課。
時計もコチコチ響いている。
「さっきまでにぎやかだったのになぁ」
と袴田は再びつぶやき、ようやく弁当の一口目に箸を付けるのだった。
[2001年12月23日(日)]
真下が必死でペンを走らせている。
「何やってんの?」
青島が覗き込んだ。
真下は面倒くさそうに顔を上げた。
「これですよ」
と見せたのは大量の年賀状である。
「なんだ、バイトか?」
と言いながら青島が持ち上げた年賀状の束はゆうに300枚はある。
「違いますよ、僕のです」
と真下は右手のマッサージをしながら応えた。
「パソコンでちゃちゃっとやっちゃえばいいじゃないの」
「いや、去年はそうしたんですけど、父に怒られまして」
今度は首をコキコキ鳴らしている。
「”機械でやるなんて心がこもってない、直筆だ”って」
青島は年賀状をめくって裏を見た。
「なんだ、裏は書いてないじゃない」
「えぇ、全然進まなくて。毎年送り先増えていくし」
と真下は再び宛名書きを続けた。
そこへ和久もお茶片手に覗き込む。
「お坊ちゃんはいろいろ大変だなぁ」
「えぇ、今年は事件も多いですしね」
と真下は書き終えた年賀状を横にやり、次の一枚に移る。
のんびりたばこを吹かす青島。
「俺は何枚も書かないからね、楽なもんだよノンキャリは」
すると和久は青島をにらんで言った。
「何枚も書かねぇなら、今年は人の名前間違えんなよな」
苦笑いする青島は何かを思いだしたように耳をさするのだった。
[2001年12月13日(木)]
戻ってきたばかりの青島を和久が呼び止めた。
「次はこっちだ、駅前で喧嘩だとよ」
「へ?」
朝から出っぱなしの青島。
「ちょ、ちょっと休ませてください」
カバンを置こうとする青島の腕を
「何言ってんだ。今まさに血吹き出して死んじゃうかもしれないんだぞ」
と止める和久。
「血が出たら救急車が出ますよ」
と返す青島の言葉も
「刑事が言う台詞じゃねぇなぁ、そりゃ」
と引っ張る和久に負けてしまった。
「おれ、今日誕生日なのにぃぃぃ!」
と言う叫びは、和久と共にエレベータの中に消えていった。
先ほど青島と一緒に帰ってきた雪乃は目を丸くして席に戻った。
「青島さん、今日は忙しそうね」
「えぇ、なんか今日は特に事件多くって」
と返事をした真下も反対の耳には受話器を挟んでいて、すぐにそちらの対応に追われた。
正面の魚住もすみれを呼びそのまま外へ走り出ていった。
「年末だからかしらね」
と独り言を言いながら雪乃は引き出しから小箱を出した。
赤い包みでリボンが付いている。
受話器を置いた真下も
「雪乃さん、あとよろしく!」
というと、そのまますぐに飛び出て行った。
「はーい」
と雪乃は軽く返事しながら、真下が出ていくのを目で追う。
完全に消えたのを確認すると、雪乃は小走りで青島の机に駆け寄った。
手の中の小箱に
「よし」
と念をかけると、引き出しを開ける。
「あら・・」
とこぼした雪乃の視線の先には、既に先客の小箱が入っていた。
こちらも可愛い包装でリボン付きである。
一瞬ためらう雪乃だったが、そのままその横に自分の箱を並べて引き出しを閉めるのだった。
袴田はその引き出しの音で一瞬チラリと雪乃の方を見たが、またいつものようにゴルフクラブ磨きを続けるのだった。
[2001年12月05日(水)]
「やれやれ」
と取調室から自分の席に戻るすみれ。
青島はタバコをくわえてただ目で追っている。
すみれは、
「この時期になると多くなるのよねぇ、ったく」
と書類を机に放り投げた。
青島は椅子をゴロゴロ鳴らせてすみれに近づいた。
「どしたの」
「なんなのよ、暇そうね」
と青島が吐いたタバコの煙を手で払うすみれ。
「平和って言ってよ。強行犯は暇が一番よ」
と青島。
「じゃあ盗犯と替わって」
と眉間にしわを寄せるすみれ。
「今日で三件目よ、ほんっと」
「何が?」
「おでん泥棒よ、これもこれもこれもっ」
書類を一冊ずつ指さすすみれ。
「おでんなんか万引きするんじゃないわよ、まったく」
と怒っている。
「寒いからねぇ」
呑気にタバコを吹かす青島。
「ほんっとに暇そうね、ちょっとこれ手伝ってよ」
とすみれは書類の一つを差し出した。
「ん」
と受け取る青島だったが、その時廊下から和久の怒鳴り声が響いた。
「駅前のクリーニング屋に強盗だ、ほら行くぞ!」
「はいっ!」
机の上に投げてあったコートを無造作に掴み飛び出す青島。
チラリとすみれに振り返り
「短い平和だったよ」
とニッコリ笑って、出ていった。
「やれやれ」
とすみれは再びそう言うと、書類書きをはじめるのだった。
[2001年12月04日(火)]
署に大きなトラックが後ろ向けに入ってきた。
魚住が
「オーライ、オーライ」
と叫んでいる。
ゆっくり下がってきたトラックは
「はい、ストップぅ」
の声を合図に停止した。
それを見届けた真下が、
「はい、来たよぉ」
と署内に向かって叫ぶ。
それを合図にワサワサと出てきた署員達がトラックを取り囲んだ。
それぞれ位置につく。ロープをかける者もいる。
「はい、こっちオッケーです」
「こっちも準備完了です」
緒方と森下が、後ろで一番太いロープを持つ青島に声をかけた。
「よし、じゃあいくよぉ」
と叫ぶ青島。
「せーの!」
「よいしょー!」
と引き上げられたのは、巨大なツリーである。
それを横で見ているのはすみれと和久。
「クリスマスかぁ。経費節減とかいいながらよくツリーなんて立てられるわねぇ」
と腕組みしているすみれ。
「節減のために設置は自分たちでするんだろうよ」
と和久は自分の腰をトントンと叩いている。
その後ろから神田と秋山が出てきた。
「やっぱりツリーがないとね、ツリー。クリスマスらしくないよねぇ、秋山くーん」
と嬉しそうな神田。
「おっしゃるとおりで」
と秋山も一緒に笑っている。
額に汗を浮かべた青島が二人に叫ぶ。
「署長達も手伝って下さい!はい、せーの!」
慌てて青島の後ろに着く神田と秋山。
「よいしょー!」
ようやくツリーが定位置に収まった。
飾り物はまだ無いが、先端の大きな星だけはついている。
「ほぉ」
無事立てたことに感心する和久。
「まぁでもクリスマスも夜勤だけどね」
とあきらめ顔のすみれ。
「こういうのは気分が大事なんだ、気分が」
と和久。
「そうね」
とすみれは再度ツリーの星を見上げ、微笑むのだった。
[2001年12月01日(土)]
「子供達をいい方向に育てるためにはまず大人が・・」
などとブツブツ言いながら和久がうろちょろしている。
「なんで説教たれながらうろついてんの?」
とすみれに小声で尋ねる青島。
「ついに・・・きちゃった?」
と自分の頭を指さしながらニヤニヤしている。
次の瞬間、パコッと和久の持つノートに叩かれる青島。
「いてっ」
頭を抱える。
和久はそんな青島に目もくれずまたブツブツと歩いていった。
「なんだありゃ」
と青島。
「今日は午後から出張指導なんですってよ」
とすみれ。
「へ?どこへ?」
「海峰小学校よ」
「交通課の仕事じゃないの?」
と目を丸くする青島。
「違うのよ」
と答えるすみれの後を、戻ってきた和久が続ける。
「今日の指導は先生相手なんだな」
というと、トントンと腰を叩いた。
「先生!?」
驚く青島。
「ここんとこ教員の犯罪が増えてっかんな。こないだもすみれさんそこの校長捕まえたんだろ?」
と背後遠くを指さしながらすみれに訊く和久。
すみれはこくりと頷いた。
「まぁ指導ったっていつもの説教たれるだけだがな」
と和久は笑った。
「先生様も和久さんに説教されんのかぁ」
と腕組みしながら眉をひそめる青島。
「しかしよ」
と和久は続けた。
「ここんとこ警官の犯罪が増えてっかんな」
お茶をすすった。
「その次は教師がこっちにきて俺らが再教育される番かもしれねぇぞ」
それを聞きますます顔が険しくなる青島。
「特に青島くんはね」
とすみれに言われ、ようやく少しだけ笑ったのだった。