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2001/11の湾岸署

[2001年11月24日(土)]

「それでそれで?」
とすみれは身を乗り出した。
「いや、それで終わり」
とタバコを吹かす青島。
「はぁ?」
「『はぁ?』って言われたって、それでおしまいだよ」
すみれの口まねをしながら返す青島。
「新城さん後ろに乗せてって?」
とすみれ。
「そ、運転手」
「『ところで青島』って言われて?」
「言われたの」
青島はくわえタバコである。
「『なんすか』とか言いながら振り返って?」
今度はすみれが青島のマネをした。
「うん」
「そしたら新城さんに電話がかかってきて?」
「やっぱ忙しそうだったよ、彼は」
と青島。
「彼は、じゃないわよ。何でそれで話が終わりなのよ」
「だって本店着いちゃったんだもの。仕方ないだろ」
と、言うとタバコの灰がスーツに落ちた。慌てて叩いている。
「何でその先聞かないのよ。何か話があったんじゃないの?」
「話があれば話すだろ。それでおしまいだよ」
と言うと手のひらに溜めた灰を灰皿に捨てた。
「ちょっと今から聞いてみなさいよ。『あの時の話はなんすか』って」
「すみれさん、物まね上手いねぇ」
「なんで話逸らすのよ」
「なんでそんなに聞きたいのさ」
止まるすみれ。
「いや、青島君は気にならないの?」
「うん。だっていい話をオレにするわけないじゃん」
と再びタバコに火を付ける青島。
「それもそうね」
と妙に納得するすみれ。
「まぁとりあえず新城さんは無事帰ったわけだ」
「オレが見つけた凶器の文鎮持ってね」
「これでまた暫く安泰ね」
「何も起こらなきゃね」
と煙を吐き出す青島だったが
「おーい、いつまで休んでんだ。行くぞ」
と廊下から和久に叫ばれ、
「はいっ!」
と、コートを掴み慌てて飛び出ていくのだった。

[2001年11月20日(火)]

捜査会議である。
いつものように所轄は後方に、本庁は前方に席をとっている。
最前面で皆の向かいに座った新城が書類を読み上げている。
「・・昨日午後4時、捜査員が遺体を発見。午後4時30分、本件は殺人事件に切り替えられ・・」
青島と真下にささやき声で会話する。
「オレオレ」
「何がですか」
「遺体を発見した捜査員。オレ」
自分を指さす青島。
「何度目ですか。耳にタコが出来ますよ」
すみれが割って入った。
「発見って、たまたま転んだところに沈んでただけでしょうが」
「うるせぇな、おめぇら」
と後ろから和久に怒られ、下を向く三人。
それでも青島は上目遣いで新城を見る。
「新城さん元気ないねぇ」
新城は隣の島津から渡された書類をめくって続けた。
「なお遺体解剖の結果、殺害されたのは長野の自宅と見られる。本捜査は今後遺体遺棄現場周辺で目撃者探しに重点をおいて行い・・・」
「あ、これか」
相変わらず青島のささやく声は大きい。
一瞬新城が青島の方を見たが視線はすぐに書類へ戻り、発表を続けている。
「何がですか」
と真下。
「意気揚々とやってきたのにただの目撃者探しになっちゃってつまんないんだよ、きっと」
と青島は得意そうにしている。
「では配置については追って連絡する。一時解散!」
と新城は締めた。
ぞろぞろ出ていく刑事達。
青島ものびをしながら席を立った。
「今回は仕事なさそだね」
と言いながら首をコキコキ鳴らしている。
「油断してると何があるか分からないわよ」
と笑うすみれの後ろから新城の大きな声が飛んできた。
「青島くん喜べ、お前に仕事をやろう」
イヤそうな顔をする青島だったがその顔は新城からは背になって見えない。
「なんすか、くん付けなんて気持ち悪いすよ」
と言いながら振り返る。
「ただの目撃者探しのようなつまらない仕事じゃないぞ」
新城は『つまらない』に力を込めた。
「あら、聞こえてたんすか」
バツが悪そうに呟く青島。
「凶器の文鎮を港の空き地に捨てたと犯人が供述している。探してくれたまえ」
と新城は青島の肩に手を載せた。
「またすか?空き地のどこっすか?」
ほんとにイヤそうな青島。
「分からないから探すんじゃないか」
というと新城はそのまま去っていった。
「ごもっとも」
とすみれ。
青島にギロリと睨まれると、
「こりゃ失敬」
と微笑むのだった。

[2001年11月19日(月)]

刑事課全員が神田署長の前に並んでいる。
「みんなももう知ってると思うが」
神妙な面もちで語る神田。
「長野で行方不明になっていた主婦を、別の事件で拘留中の男が殺害したと昨夜自供した」
さすがに笑う者はいない。
「遺体はうちの管轄の河川に投げ込んだ、ということらしい」
目を見合わせる青島とすみれ。
「15時過ぎには捜査本部が設置される。我が湾岸署にも捜査協力の要請が出た」
そこまで言ったところで和久が呟いた。
「川さらいか・・・」
「そういうことだね、うん」
やっと肩の力が抜けた神田。
「ここのところ本店に対して存在感が薄いからねぇ、うちの署は」
「おっしゃる通りで・・」
ようやく隣の秋山が相づちをうつ。
「そういうことなんで是非ともうちの署で発見したい」
と神田は秋山に似た揉み手をする。
「よろしく」
というと、二人は上へ戻っていった。
目だけで見送る課のメンバー。
「うそ、捜査本部できんの?新城さんくんの?」
イヤそうな青島。
「一足先に現場に向かってるそうですよ」
と真下。
「え、オレパス。あと宜しく」
と言いながら何処へか出ようとする青島を袴田が呼び止めた。
「青島くん、君には特に今回の捜査に参加するようにお達しが出ている」
それを聞いて力が抜ける青島。あきらめたらしい。
ちらりと袴田へ振り返り
「新城さんからですか」
と言うと
「当然でしょ」
とすみれが答えるのだった。

[2001年11月17日(土)]

「武くん、凄いじゃない。聞いたよ」
ニコニコしながら魚住が武に歩み寄った。
「被疑者と格闘したんだって?」
「いや、格闘ってほどじゃないですよ」
照れ笑いする武。
横のすみれも入ってきた。
「青島くん投げ飛ばしたんでしょ?その人」
チラリと青島の席を見るが、今はいない。
「えぇまぁ。まさか逃げると思いませんから油断してたんでしょう」
武は一応フォローする。
「こないだの熱帯魚屋、あ違った、ラーメン屋強盗の件といい、青島くんは被疑者をよく逃がすなぁ」
と魚住はコーヒーをすすった。
「青島くん、犯人に手錠かけないからねぇ」
とすみれ。
「まぁそれで逃げた被疑者を武くんが捕まえたわけだ」
と魚住。
「捕まえたっていうか、僕がいたところに走ってきただけですけどね」
と武。
「でもとりゃってやったんでしょ?」
と投げ技の手振りをするすみれ。
「えぇ、まぁ。柔道長くやってたもんで」
武は頭を掻いている。
「へぇ、段とか持ってんの?そんな風に見えないけど・・」
と魚住は武の肩や腕を確かめるようにポンポンと叩く。
「いちお、三段です」
と武は軽く頭を下げた。
「へぇ、すごいじゃない!」
目を丸くするすみれと魚住。
「人は見かけによらないっていうけどねぇ・・」
などと感心している。
「こっちの人は見かけ通りなのにねぇ」
と腕組みしながら青島の席を再度見るすみれ。
「何が?」
と聞き返す魚住に、すみれはニッコリ答えた。
「い・ろ・い・ろっ」

[2001年11月14日(水)]

青島がずぶ濡れになって帰ってきた。
「どうしたんですか」
驚いた雪乃は慌ててタオルを用意して手渡した。
青島は連れてきた男を緒方に預ける。
「いや、ラーメン屋強盗捕まえたんだよ」
という青島の向こうで、緒方は男を取調室へ連れて消えた。
「お疲れさまでした。でも・・」
と雪乃は窓の外を見る。快晴である。
「何でびしょびしょなんですか」
不思議そうな顔をした。
「逃げ出したから追いかけたんだよ」
青島は乱暴に髪の毛を拭いている。
「捕まえた拍子に熱帯魚屋の水槽にぶつかって壊しちゃった」
と笑う青島。
「大丈夫ですか?」
「あ?この通り、ぴんぴんしてるよ」
「違いますよ。熱帯魚の方です」
「あぁ」
コートを脱いでタオルで拭く。が既に水は染みこんでいるようである。
「すぐ捕まえたからね、別の水槽に移して元気に泳いでたよ」
というとコートは諦めて自分の身体を拭き始めた。
そこへ真下。
「さっき電話がありましたよ」
「お、ラーメン屋さんから?お礼なんていいのにな、これが俺らの仕事・・」
嬉しそうな青島を真下が遮った。
「いや、熱帯魚屋さんからです。水槽と水草の代金、二万円ですって」
「・・・」
思わず雪乃と目を合わす青島。
「はい、これ」
と真下から手渡されたのはもうすっかり見飽きた始末書用紙であった。

[2001年11月13日(火)]

「で、どの人?」
現場のスーパーに着いたすみれは店員に聞いた。
「あれです」
と店員が不愛想に指し示すと、すみれはその前に立った。
初老の男が丸椅子に背中を丸めて座っている。
「被害は、これ?」
とテーブルの上の突っ張り棒を確認するすみれ。
「ズボンの中に入れて出ていくところを捕まえたんです」
と店員。
「これじゃ歩き方も不自然だったでしょうに」
と呆れるすみれは、男の肩に手をかけた。
「これ万引きしたのはあなたね?」
と確認する。
「いや、子供達が・・・女房が・・・」
と男はブツブツ言っている。
「は?」
覗き込むすみれ。
「とりあえず所持品、見せてね」
とカバンとポケットを探る。
名刺入れが出てきたので開いてみると近くの小学校の校長の肩書きがあった。
「あら、あなた校長先生なの」
目を丸くするすみれだったが、男はまだブツブツ何か言っている。
「とりあえず、署、行こうか」
腕をとるすみれ。男は抵抗せずノロリとついていく。
外へ出るとちょうど子供達が楽しそうに笑い声をあげながら走っていくところだった。
「しっかりしてよね、先生」
すみれは悲しそうに、小さく呟くのだった。

[2001年11月12日(月)]

「おはようございますぅ」
駅を出てすぐに圭子がすみれを見つけた。
「あ、おはよー」
すみれも白いコートを身に纏っている。
「寒いですね」
「朝は特にねぇ」
と言いながら二人それぞれ手を揉んでいる。
「でも、それはまだちょっと早いんじゃない?」
とすみれは圭子のマフラーを指さした。
「えぇ、そうなんですけど・・」
と圭子はマフラーを少し緩め
「これ、青島さんと真下さんから頂いたんですよ」
と嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ、誕生日?聞いたわよ、あの二人何か企んでたんだって?」
とすみれ。
「えぇ、私が署に帰ったら柱の影から真下さんがクラッカー持って現れて」
ニッコリする圭子。
「『おめでとー!』って言いながら真下さん後ろに転んじゃって、その拍子にクラッカーがパン!って」
笑う二人。
それに合わせるかのように低く飛んでいくツバメ二羽。
その向こうから
「おはよーございまーす」
と真下の声が近づいてくるのだった。

[2001年11月11日(日)]

「なんです?それ」
青島が魚住の手元を覗き込んだ。
”通達”と書かれた書類である。
「先輩、また聞いてなかったんですね」
魚住の代わりに真下が返した。
「朝礼で課長からあったでしょ?」
と言われても首を傾げたままの青島。
「警察官等拳銃使用及び取扱規範の改正版だよ」
と魚住。
「拳銃を使える規則が大幅に変わったんだね」
という簡単な説明をされ、青島はその書類を手に取ってみた。
「ふーん、なんかドラマみたいっすね」
とくわえタバコに火を付けた。
「何が?」
と魚住。
「ほら、『検問を突破しようと、車を急発進し向かってきた場合』に銃撃つなんて西部警察みたいじゃないすか」
とのんきな青島。
そこへ和久が入ってきた。
「このルールがもちっと早けりゃ、おめーも処分されなかったのにな」
と指さしたところには、
『不審者が拳銃を取り出して撃とうとした場合』
などと書かれている。
「あは、ホントっすね」
と笑う青島。
「違いますよ」
と真下。
「あの時は先輩と室井さんが勝手に突っ走ったのが原因でしょ」
と軽く青島を睨んだ。
苦笑いを浮かべる青島であった。

[2001年11月10日(土)]

「もうちょっと我慢しとけ」
と声をかけたのは青島である。
「すぐ戻ってくるって言ったの先輩ですよ」
と階段の陰に隠れている真下。
手には大きなクラッカーを握りしめている。
長くそうしていて汗ばんだのか、手を代えた。
「パトロールって言ってたから、もうじきだと思うよ」
「それ聞いたのもう四度目ですよ」
時計の針は11時をまわり、刑事課には二人しかいない。
青島の机の上にはケーキと何やらが入った綺麗な袋が置かれている。
「圭子ちゃんをびっくりさせてやろうって言ったのお前だろ?」
「そうですけど・・・もうすぐ誕生日終わっちゃいますよ」
「気持ちの問題なの、こういうのは」
そういうと青島はタバコに火を付け、再び椅子に腰をかけた。
交通課長は遠くからその光景を眺めながら、
「山下くん、異常ないなら戻ってきてくれ。早めにな」
と無線に向かって声をかけた。
「はいっ」
という圭子の明るい返事が、スピーカーから聞こえた。

[2001年11月09日(金)]

「あーあ」
とため息をつく圭子。
「どうしたの?」
と覗き込んだのは妙子である。
「去年も夜勤だったのよねぇ」
と勤務スケジュール表を見ながら、圭子。
「?」
妙子は首を傾げた。
「こう、彼氏とかがさ、ホテルのレストランなんか予約してくれたりしてさ、ワインをチンッとかしたりして」
とワイングラスを持つ手付きをする。
「あ!あぁ・・」
やっと気が付く妙子。
「誕生日かぁ」
「うん」
正解されても嬉しくない顔の圭子。
「去年は一応次の日に妹に祝って貰ったんだけどね」
「ホテルでワイン?」
「ううん、焼き肉食べ放題」
「あら、素敵ね」
「素敵でしょ?」
と言いながらどんどん暗くなる圭子と妙子。
「こんな仕事してると彼氏もできないわよねぇ」
と妙子。 「青島さんに合コン頼むと相手はみんなうちの署員だし」
と圭子。
「はぁ・・」
とため息をつく二人の向こうで、青島と真下はなにやら相談をしていた。

[2001年11月04日(日)]

「いい天気ですねぇ」
雪乃が嬉しそうにそう言った。
現場へ向かう道すがら、青島と二人である。
「そうだねぇ」
と言いながらタバコを携帯灰皿に押しつけた。
「この時期って暖かくなったり寒くなったり、コート出すタイミングが難しいんだよね」
と、髪を掻き上げる青島。
「今日は着てないんですね」
「うん。『明日は心地良い天気でしょう』ってお天気お姉さん言ってたし」
「着たり脱いだり忙しいですね」
と雪乃は笑った。
「着たら着たで中のインナー、ほらぼわぼわした裏地だよ、あれつけるかどうしようか悩むしね」
そう言った青島に、雪乃はそこの角を右へという様を手だけで示した。
「いろいろ大変なんですねぇ」
「とか言いながら、楽しんでるけどね」
青島はニッコリ微笑んだ。
その青島に尋ねる雪乃。
「青島さんはイメージチェンジしないんですか?」
「イメージチェンジ?」
「ほら、室井さんみたいな黒いコート着るとか」
「えぇっ?」
嫌そうな顔をする青島。
「ピシッと背中伸ばしてロボットみたいに歩かなきゃいけないの?やだよ」
と青島が言うと雪乃は笑った。
「この辺にしわまで出来たりしてさ」
と眉間を寄せる青島。
「着てみてくださいよ。見てみたいそれ」
と二人が笑って間もなく、現場に到着するのだった。

[2001年11月03日(土)]

「おはようございまっす」
いつもの調子で入ってくる青島。
「お、もうそんな季節かぁ」
お茶をすすりながら和久。
「あ、ほんとだ。ヒーターとこたつ出さなきゃ」
とすみれ。
「なんなんすか」
と言いながらかばんを置く青島。
「これですよ、これ」
と真下がコートの裾を引っ張る。
青島はいつもの緑のコートを身に纏っていた。
「あ、朝晩寒いからね」
というと、青島はコートを脱ぎ捨てすぐさま
「よし休憩休憩」
と真下を引っ張って休憩室に消えていく。
真下の
「朝来ていきなり休憩ですかっ!」
という叫び声が廊下に響きわたった。
「ったく。しかし冬の風物詩だな、こりゃ」
と和久はコートを見ながら呟く。
「寒くなったって実感しますよねぇ」
と笑うすみれ。
「そうだな」
と和久も笑いながら、再び熱いお茶をすするのだった。

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