2001/07の湾岸署
[2001年07月19日(木)]
「どうしたんだよ」
いつになく元気のない真下に青島が声をかける。
「はぁ・・」
と大きな溜息をはき出して机に潰れる真下。
「午前中は元気だったのにねぇ」
とすみれ。
「どしたの?こいつ」
と青島が尋ねるが、すみれは両手を上げて知らないというジェスチャーをした。
ちょうどその時、テレビのアナウンサーがこう言った。
『昨晩、電車内で痴漢行為を行ったとして警視庁の警部補が現行犯逮捕されました』
青島とすみれがしばしそのテレビを眺めていると、真下が力無く言った。
「それ、僕の後輩なんですよ・・・」
ハッとした青島が再度テレビを見るが、アナウンサーは既に次のニュースを読んでいた。
青島は険しい顔になり、そして一度だけ、溜息をついた。
[2001年07月18日(水)] (原作:猿申さん)
パトカーに乗り込もうとした青島が後ろから声を掛けられたので振り向くと、ランドセルを背負った男の子が立っている。
「どした?」
しゃがみ込むと、少年は青島に右手を差し出した。
「?」
差し出された手の平には、自転車の鍵がのっている。
「そっかぁ、拾ってくれたんだね」
満面の笑顔で少年の頭をくしゃくしゃに撫でると、少年はくすぐったそうに首を引っ込めた。
「そこで拾ったんだ。おじさん、刑事さんだよね?」
と少年は笑った。
「お・に・い・さ・ん、なの。”刑事さん”は当たり」
という青島の顔はやはり笑顔である。
「よかった。犯人はパトカー運転しないもんね」
と少年は無邪気に言った。
苦笑いする青島。
「とりあえず調書とるから。そこの交番行こ」
「うん」
そうして二人は歩き出したが、向かいのコンビニの駐輪場で何かを探している女性を見つけた。
「…もしかして、あのおねぇさんかな?」
と青島。
「そうかもね」
というと少年は駆けだす。
慌ててその手を引く青島。
「おい、言葉に気を付けるんだぞ」
と言うが、少年は返事半分で走っていった。
しばらく女性と話した後でくるりと振り向く少年。
「やっぱりこのおばさんのだったよ!」
と嬉しそうに叫んだ。
「あのバカ・・・」
それほど年配でない女性は、少年の後ろで憮然としている。
「じゃあね!おじさん!」
と叫ぶと、少年は走って消えた。
苦々しい顔をした青島は女性と目が合い、とりあえず、笑った。
[2001年07月17日(火)]
「真下さん、ご飯よ」
雪乃が呼ぶ。
「あ、ありがとー」
と真下が嬉しそうにかけよる。
みんなでまとめて注文した昼食が届いたので、雪乃が配っているのである。
書類書きを終えて顔を上げる和久。
書類を束ねてトントンと揃えながら言った。
「雪乃さんたちの会話、声だけ聞いてりゃ夫婦みたいだぞ」
顔を赤くして喜ぶ真下と、上目遣いで自分の喋った台詞を思い出す雪乃。
「や、やだぁ、やめてくださいよ」
と雪乃は和久の肩をつく。
「そ、そうですよ」
と真下。
「僕たちはそんなんじゃないんですから、まだ」
と腕組みをする。
「まだ?」
雪乃と和久が同時に声を上げて真下を見た。
雪乃はそのまま無言で席に着き、やや乱暴に割り箸を割った。
[2001年07月16日(月)]
「いててて」
「どうしたの?」
青島とすみれである。
現場へ向かう道すがら。
「この天気で徒歩はつらいね」
と青島は太陽を見上げ、眩しそうにする。
「そうじゃないわよ。どしたの」
とすみれは青島の腹を指さした。
青島は腹を両手で抱えている。
「あ。おなか壊しちゃってね」
力無く答える。
「変な物食べたんじゃないの?」
とすみれは笑う。
「そんな、すみれさんじゃあるまいし」
と言いながら青島は腹をさする。
「私はお腹なんて壊さないわよ・・・」
と言いかけて、立ち止まる。
つられて青島も止まった。
「あ・・・」
二人の前に、いつかすみれが襲われたトンネルが見えた。
この快晴でもその周りだけは薄暗い。
青島は真顔になり、ややすみれの方に寄った。
歩き出す二人。
青島はたまに振り返ったりしながら、無事その短いトンネルを抜けた。
「まぁね・・・」
何か言いかけた青島だったが、すぐにまた腹を抱えた。
「な、なんなのよ、そのお腹」
とすみれ。
「いや、かき氷食べ過ぎちゃってさ」
と青島。
「あ、あの話?あれ金曜日でしょ?和久さんに聞いたわよ」
と笑うすみれ。
「強盗捕まえてかき氷食べまくったんですって?」
「いや、あれは平気だったのさ」
と青島。
「あの時旨かったからさ、昨日も食べたんだよ。同じくらい」
とまた腹をさする。
「バカね。金曜の暑さは特別よ。加減を知りなさい、子供じゃないんだから」
とすみれ。
「そうだよね」
と苦笑いする青島。
「えらく素直ね」
と笑うすみれ。
コツコツと軽快な足音とヨタヨタと不定期な足音が二つ、トンネルに鳴り響くのだった。
[2001年07月13日(金)]
「うわっ」
署から出ようとした青島が大きくのけぞった。
「あちー!」
と悲鳴を上げている。
「夏は暑いもんだ。ほら、いくぞ」
和久は涼しい顔をして出ていった。慌てて追う青島。
「いや、この暑さは異常っすよ」
何歩も歩いていないのにもう汗を掻いている。
「今日は35度とか言ってたなぁ」
と言いながら和久は手帳をパラパラめくった。
「えー、氷屋に強盗・・だってな」
「あ、そうだった。かき氷腹一杯食わせてもらお」
汗をタオルで拭きながら喜ぶ青島。
「その氷が全部奪われたんだってよ」
と和久。
「えぇっ!じゃあかき氷食えないじゃないっすか!」
怒る青島。
「おめぇ何しに行くんだ。その犯人とっ捕まえに行くんだろ」
和久は帽子を脱いでパタパタと自分を扇いでいる。
「よっし、絶対捕まえてかき氷腹一杯食ってやる」
「おめぇ目的誤ってんぞ」
「その課程で目的が達せられんだから、いいんすよ」
「どうだか」
と和久。
「おめぇのことだから犯人そっちのけで氷にかぶりつきそうじゃねぇか」
と眩しそうに笑う二人に、暑い日差しが降り注ぐのだった。
[2001年07月12日(木)]
バサッと広げた派手な傘。
「へぇ・・」
と顔を出したのは青島である。
「やっぱこの時期は傘の忘れ物、多いよね」
ここは住宅地の交番である。
「そうですよねぇ。なかなか取りに来られないですしね」
と緒方は部屋の隅を見た。傘立てに入りきらず、束ねて置いてある。
「拾得物届けもこんなに分厚くなっちゃって」
と書類を叩く緒方。
「でも今日はこんないい天気だし、ちょっと落ち着くんじゃない?」
と言いながら青島は傘を畳んだ。
「そうでもないですよ、ほら」
と緒方が指さした先に、婦人が日傘をさして歩いている。
「あ、ほんとだ」
と答えた青島はそのまま視線を掲示板に移した。
「非番のおじさんは今日まで?」
青島は指で休暇表をたどっている。
「えぇそうみたいです」
と緒方。
「新婚旅行らしいですよ。『この歳で結婚できるなんて』って大喜びで出掛ましたよ」
「そっかぁ。お熱いんだねぇ」
そういうと青島は一歩外に出た。
「しっかし、今日も暑いねぇ」
眩しそうに手をかざす。
「このまま梅雨明けちゃうと今年も水不足・・」
と緒方は言いかけたが、ちょうど自転車で走りすぎた婦人の後部カゴから傘が落ちるのを見つけた。
「あっ」
と声を上げたのは青島が先であった。
「ちょっと!落としましたよ!」
と叫ぶが、婦人の背中はかなり先まで行き聞こえない様子。
「まったくしょうがないなぁ」
とつぶやくと傘を拾い上げ、そのまま走って追いかけていった。
緒方も交番から出て、青島の背中を見送る。
「いつも熱いね、青島さんは」
とつぶやくと、手にしていた帽子で自分を扇ぐのだった。