2002/12の湾岸署
[2002年12月24日(火)]
「何やってんの」
青島がくわえたタバコに火を付けながら真下を覗き込んだ。
「あ、え、あぁ」
突然のことで返事出来ないでいる真下を横目に、書きかけの書類を手に取る青島。
「『年末年始準備大作戦』?」
タイトルだけ書かれている。
「なにこれ」
真下に投げ返した。
「今入り口にあるツリーを片付けて代わりに門松を入れる段取りです」
しぶしぶ答える真下。
「は?」
タバコを落としかける青島。
「お前、この忙しいのにそんなことやってんの?」
「えぇ」
「警務課の仕事じゃないの」
「えぇ」
「えぇえぇってお前ねぇ」
ようやく顔を上げる真下。
「警務課も忙しいんですって。僕がたまたまここにいたら回ってきたんですよ」
書類をピラピラと揺らして見せる。
「でも先輩。これが事件解決に繋がるかもしれないですよ」
「どうやってさ」
真下の机に半分だけ腰掛けた青島は灰皿を引き寄せた。
「『殺人事件の凶器がクリスマスツリーの靴下の中に隠されていた!』とか。それを僕が見つけるんですよ」
何故か自慢気な真下。
「そりゃ犯人はサンタだ。子供でも分かる。お前の出る幕は無いな」
と青島はアッサリ返すと、タバコの灰を灰皿に落とした。
「おーい、そろそろ行くぞー」
向こうから和久が青島に声をかけてくる。
「はーい」
返事する青島。
「どこ行くんですか」
と訊ねる真下に、
「サンタ捕まえに行ってくる」
と青島は笑って答えるのだった。
[2002年12月13日(金)]
「あーあ、誕生日なのに仕事かぁ」
「当たりめぇだろ。刑事にゃ誕生日休暇なんてシャレたもんねぇんだよ」
「別に休みたいなんて言ってませんよ」
エレベータが一階に着き、ドアが開いた。
青島と和久が出てくる。
「誕生日なのに仕事の予定しか入ってないってのがどうなのかなぁと思って」
「どうもこうもねぇよ。おめぇがモテねぇだけだろ。なんならうちの娘貸そうか?」
「一回借りたら二度と返せそうにないんで遠慮しときます」
引きつる青島。
「延滞金無料だぞ」
笑う和久。
玄関の外にツリーが見える。
「そういや交通課がクリスマスパーティーするって」
「らしいな」
「圭子ちゃんが『待ってまーす』とかってチラシ持ってきたけど、あれも淋しいっすよね」
「何がだよ」
「クリスマスにパーティーってのがですよ」
いつの間にかタバコをくわえている青島。署内なのでまだ火は点けていない。
「やっぱクリスマスは彼女と二人っきりってのがいいっすよ」
「じゃあ喧嘩してるねーちゃんでもとっ捕まえて取調室で過ごすといい」
大して興味なさそうに返す和久。
「あーあ、なんかいいことねぇかなぁ」
玄関が開く。
冷たい空気が二人を包む。
帽子を深く被り直す和久。コートの襟を掴んで縮まる青島。
「ご苦労さまです」
立ち番の森下が敬礼するのに和久が返事をしていると、一人の少女がタバコに火を点ける青島に近づいてきた。
「す、すいません」
小学生くらいのその少女が青島を見上げている。
「うん?」
それを見て青島はタバコを後ろ手に中腰になり、少女に目線を合わせた。
「私この前ここに落とし物届けに来たんですけどぉ」
「お、偉いね。ありがとう」
ニッコリ笑う青島。
「その時に私手袋落としちゃったみたいで…」
少女の手には片一方だけのグレーの手袋が握られていた。
「あっ」
思い出す青島。
「上にあるよ。掲示板にあったと思うよ。交通課の婦警さんに聞いてごらん」
と署内を指さした。
「ありがとうっ」
少女は嬉しそうにニッコリ笑うと走って署に入っていった。
それを振り返りながら立ち上がる青島に、和久が近づいた。
「どうしたよ、ニコニコして」
確かに青島は満面の笑顔である。
「いや、僕が署から出てきて関係者だって思われたのが嬉しくて」
照れる青島。
「そうだなぁ。おめぇ普通はどう見ても刑事にゃ見えねぇもんな」
そう笑うと二人歩を進めた。
「しかしそんなことでニコニコできるなんて、おめぇは幸せなヤツだなぁ」
と和久。
「えぇ、幸せっすよ」
青島はそう微笑むと、タクシーを止めるため大きく手を挙げるのだった。