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2002/07の湾岸署

[2002年07月30日(火)]

「はい、これ」
すみれが青島にポスターを渡した。
「ほい」
ここはガソリンスタンドである。
青島は柱の出来るだけ高いところにそのポスターを貼った。
「よし、と」
パンパンと手を払う。
“車上狙いに注意”と赤字で書かれたポスターである。
「ここはこれで終わりかな?」
「そうね。次行きましょ」
二人は店長に挨拶すると次へ歩を進めた。
「青島君も大変ね。こないだ交通課手伝ってたと思ったら今日は盗犯係?」
「パトロールも兼ねてるのさ。俺は仕事熱心だからね」
と青島はキョロキョロする。
その横を子供達が駆けていった。
「夏休みかぁ。いいなぁ、子供達は」
とすみれ。
「俺はあまり好きじゃなかったねぇ」
と青島。
「え?なんで?」
「最初はいいんだけどさ。半分くらい過ぎると暇なんだよね。早く学校行きたくてねぇ」
「青島君らしいや」
とすみれは笑った。
「ささ、パトロールパトロール」
と青島はまたキョロキョロしたがすぐに何かを見つけて走り寄った。
「な、なに?」
一瞬身構えるすみれだったが、青島が灰皿の前でタバコの火を付けているのを見て肩の力が抜けた。
「ずっと探してたんだよね。ガソリンスタンドじゃ吸えないでしょ」
と青島はうまそうにタバコを燻らせる。
「中で吸えばいいじゃないの」
とすみれは灰皿の隣の自販機でコーヒーを買った。
「なんか落ち着かないじゃない」
「はいこれ、手伝い賃ね」
と青島にコーヒーを渡す。
「さんきゅ」
二人は同時にプルトップを開けた。
「ね、今度海行こうよ」
と青島。
「いやよ。私日焼けしたくないもの」
とすみれ。
「そう言うと思った」
二人は空を見上げた。
青い空には大きな真白い雲が浮かんでいた。

[2002年07月29日(月)]

今日の玄関の立ち番は森下である。
誰も見ていないことを確認すると帽子を脱いで自分の顔をぱたぱたと扇いだ。
「あつーっ」
玄関前のアスファルトが陽炎に揺れる。
街路樹のセミがジージーと鳴いている。
そこに複数の足音が響いた。駆け足で近づいてくる。
「こら森下。さぼるな」
向こうからくる一団の先頭を走る緒方が叫ぶ。
「警官はピシッとしろって和久さんもよく言うだろ」
元気だなぁと小声で言った後、森下は言い返した。
「でもさっきも疲れるほど働くなって言って出てったぞ」
暑さのためか言葉にも力は入らない。
「疲れないのとだらだらするのとは違うんだよ。警官らしくしろぉ!」
緒方は元気にそう言うと一団と共に森下の前を過ぎていった。
「そう言うお前はなんなんだよ」
署の陰に消えていった緒方の背中は、バドミントンのラケット片手に上半身は裸であった。
「裸の警官なんていねーよ・・・」

[2002年07月26日(金)]

和久が汗を拭きながら戻ってきた。
「ふわぁ」
真下が大きなあくびをしながらノビをする。
「おいおいなんだ。緊張感ねぇなぁ」
呆れる和久。
「なかなか夜寝られなくて」
と真下。
「なんだまた雪乃さんにフラレたか」
「違いますよ」
口をとがらせる真下。
「このところの熱帯夜で寝不足なんです」
「エアコンねぇのか」
どこから出したかタオルで首の周りを拭いている。
「僕おなか弱いんですよ。エアコンかけっぱなしだとおなか壊しちゃうんです」
「なんでぇ。情けねぇ身体だなぁ」
「おかげで眠くって眠くって」
最後はあくび混じりで再びノビをする真下。
「お前も外出てきたらどうだ。暑くて目が覚めるぞ」
と和久。
「イヤですよ。外出るのイヤだから電話番を買って出たんだか・・」
動きが止まった真下の視線の先には魚住がいた。
「勉強するから出られないって言ってたから僕が代わりに出てあげたのに」
顔もシャツも汗まみれですごい形相の魚住。
「なんの勉強だ」
と和久は真下を見る。
「あ、いや・・英検・・の勉強を・・」
その向こうでちょうど電話を切った袴田が叫ぶ。
「二丁目の空き地で喧嘩。真下くん、よろしく頼むよ」
「・・・はーい」
渋々鞄を持ち腰を上げる真下。
「いってきまーす」
とノロノロと出かける。
魚住が後ろから
「受かるといいねぇ。英検」
と声をかけたが、振り返りもせずエレベータに消えたのだった。

[2002年07月25日(木)]

「おめぇ、仕事終わって家に帰ったら何してるんだ」
ずっと新聞を読んでいた和久が突然青島に尋ねた。
「え?モデルガン触ってるか寝るかっすね」
タバコをくわえたまま上下させて答える。
「じゃあ休みの日は何してるんだ」
「モデルガン触ってるか、寝てるか」
「おめぇよ」
新聞ごしに青島を見て言う。
「いい年なんだからもっと有意義な時間の使い方しろよ。ボケるぞ」
「余計なお世話すよ。で、なんなんすか」
タバコをもみ消しながら和久の隣に移動した。
「うん?」
新聞を見ると『警官が発射可能なモデルガンを所持の容疑で逮捕』とある。
「おめぇは大丈夫だろうなぁ」
訝しげに青島を見る和久。
「大丈夫すよ。俺はモデルガンより本物撃つ方が好きですから」
と胸を張る青島。
「もっと危ねぇよ。頼むからボケるなよ」
と言いながら親指を舐め、新聞をめくる和久であった。

[2002年07月24日(水)]

時速40kmで走行中のミニパト車内。
「なんで俺まで駆り出されないといけないんだよ」
青島は窓から入る日差しに目を細めながら怒っている。
「もう。さっきから何度目ですか」
運転しているのは夏美である。前を向いたまま答えている。
「何度だって言うさ。まったく」
「ですから、今日は交通公害の一斉取り締まりなんですよ」
ちょうど信号にかかり車は停止した。
「しかも夏休みでしょ?交通事故も多いんですよ、このへん遊ぶとこ多いし」
と夏美は指でくるりと環を描いた。
「昔はなんにも無かったんだけどなぁ」
と言いながら青島はシートを倒して寝そべる。
「で、人手が足りないんです」
と夏美。
「それでなんで俺なんだよ。少年課とか警務課とかから出せばいいじゃない」
まだ怒っている青島。
「前に交通課だったことあるんでしょ?青島さん。課長が言ってましたよ」
信号が青になる。
「たった一日だけね。しかもクビになったんだ」
それを聞いて笑う夏美。
「こんな時だけ呼ぶなっての」
「こんな時だから呼ばれたんでしょ」
苦笑いする青島。
前方にガソリンスタンドが見えてきた。
「あ、ちょっと寄りますから」
夏美はウィンカーを出して減速した。
「うん?立ち寄り?」
軽く尋ねる青島。
「何言ってるんですか。車に乗ってガソリンスタンドって言ったら給油に決まってるじゃないですか。ここセルフで安いんですよ」
ハンドルを切る夏美。
「え?署で決まったところがあるとかじゃないの?」
「癒着の元だからって無くなったんですよ。経費節減で安いところ使うことになったんです」
「へぇ」
そう言いながらタバコを取り出す青島。
「だめですよ。ここガソリンスタンドですってば」
夏美に怒られ、青島はそそくさとタバコをしまうのだった。

[2002年07月23日(火)]

圭子と妙子がポスターを貼り替えている。
「おっ、ついに出来たね」
嬉しそうに青島がのぞき込んだ。
「なんだ?」
和久も見る。
「あ、これこれ」
青島が指さした。
「警察官募集。正義感に満ちあふれるあなた・・・」
和久がポスターの字を読み上げるが、青島が制止する。
「違いますよ和久さん。その上」
「あっ!」
圭子と妙子は見つけた。
「あん?」
和久は目をこらす。
「なんだこりゃ」
緑のコートが走っているところが写っていることに気がついた。
「青島さんじゃないですかぁ!」
黄色い声を上げる圭子。
「えへへ。すごいだろ」
嬉しそうな青島。
「なんでおめぇがいるんだ」
と怪訝そうに訊く和久。
「いや、去年の暮れ頃だったかな。ポスターに使う写真を撮りに来たんすよ」
「それでなんでおめぇなんだ」
「優秀な刑事を撮りたいって言うから僕が・・・」
「ちょうどそのとき暇してたんですよ」
後ろから顔を出す真下。青島は軽く舌打ちをした。
「ホントは僕も写るはずだったんですよ」
真下はポスターをにらんだ。
「パトカーの無線持ってですね、こう、張り込みしてるようなの撮ってたんですよ」
ポーズをとる真下。
「そしたらちょうどそこに引ったくりが逃げてきて・・・」
「俺が走ってってとっ捕まえたってわけです」
得意げな青島。
「あの時写真撮ってたんだなぁ。あのカメラマン」
青島は写真を見ながら感心している。
「かっこいいですよ、青島さん」
と嬉しそうな妙子。
「うん、なんか刑事ドラマみたい」
とこちらも嬉しそうな圭子。
「この後転んじゃうんですけどね」
と真下。
「言わなきゃ分かんないんだから言うなよ」
と怒る青島を囲み笑う一同であった。

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