2001/02の湾岸署
[2001年02月28日(水)]
「ゴホゴホッ」
和久が咳き込んでいる。
「大丈夫ですか?」
真下がのぞき込んだ。
「ゴホッゴホッ」
ますます咳き込む和久。
「大丈夫?風邪ですか?」
雪乃も心配そうに肩に手を置いている。
「あぁ・・。風邪・・かなぁ」
やっと落ち着いた和久が額に手を当てて唸る。
真下が、はい、と熱いお茶を手渡した。
「インフルエンザ、流行ってるんですかね」
と雪乃。
「圭子ちゃんや中西係長もインフルエンザらしいですよ」
と真下は中西の空席を見て言う。
「あぁ、俺もうつっちまったかな」
ドンと椅子に腰を落とす和久。
「和久さん、帰って寝てた方がいいですよ。ひどくなると大変ですし」
と声をかける雪乃。
「そうですよ。和久さんの歳だとそのままポックリいっちゃってもおかしくないんですから」
と呑気にいう真下に
「うるせっ!縁起でもねーこというな!」
と怒る和久だったがその声にいつもの元気はなく、結局その後早退するのだった。
[2001年02月27日(火)]「HERO」第七話にリンク
「あの医者、起訴されたって?」
青島が新聞片手に真下に訊いた。
「えぇ、病院ごと告発されたって」
真下は涼しげに書類書きを続けている。
「あぁ、やっと自白を取って送検したのにその後完全否認し始めたってオヤジ?」
すみれが横から顔を出した。
「そうそう、やなやつ」
とイヤな顔をする青島。
「でもあのとき来た弁護士、美人だったよね」
一転して表情が変わる青島。
「なにデレデレしてんのよ。あ、この人ね。なんか暗い顔してんじゃない」
すみれは青島の新聞を横取りして一面の写真をのぞき込んだ。
「そりゃ勝つ気でいった裁判で負ければ暗くもなるでしょ」
真下はあっさり答える。
「負けたわけじゃないでしょ、まだ」
とすみれ。
「そうですけど」
と真下。
「検察が新証言引っ張り出したらしいからね、もうこっちの勝ちさ」
と青島。
すみれはさっきから書類書きに徹している真下を見て口をとがらせた。
「なによ真下くん、興味ないの?」
「そうじゃないんだよ」
と青島は親指で袴田を指す。
「こら真下君、話ししてないで早く書類あげてよ」
と怒鳴っている。
「さっきまでワイドショーにかぶりついてたんだ、こいつ。お陰でこんなになってんのよ」
と青島は忙しくしている真下の頭をポンポン叩いた。
「珍しいわね、真下君が」
とすみれ。
「こいつね、ああいうのタイプみたいよ。美人弁護士」
とニヤつく青島。
「もうっ、やめてください」
と青島の手を払いのけた真下の顔は、真っ赤になっているのだった。
[2001年02月26日(月)]
「青島くんっていつもマッチだよねぇ」
たばこの火をつけようとした青島に尋ねる魚住。
「そうですけど?」
と答えた青島のたばこに火がついた。
「何でライターじゃないの?」
「リンが燃える匂いが好きなんすよ」
一度深く煙を吸い、美味しそうに吐き出す青島。
「マッチでつけたたばこって味が違いますしね」
「ふーん、体に悪そうだけどね」
魚住はコーヒーを飲んでいる。
「コーヒーの方がずっと体に悪そうっすよ」
たばこを振り回す青島。
「どっちもどっちじゃないの?」
ちょうど帰ってきたすみれが席に着きながら茶化した。
「いや、ストレス溜める方が体に悪いじゃない。ストレスで胃炎になるよりたばこで肺ガンを選ぶね。おれは」
と再び深く吸う青島。
「そうそう、ストレスだよ、ストレス」
などと言いながら紙コップを傾ける魚住。
「魚住さんはともかく、青島君にストレスなんてないでしょ」
とすみれに言われ、軽くむせる青島。
「ストレスだらけさ。ほら、こんなに始末書書かなきゃいけないし、和久さんの説教だって聞かなきゃ・・」
と言いかけたところで、後ろ頭を和久にたたかれる。
「いてっ」
「何がストレスだ。始末書なんて全部自分が暴れたせいだろうによ。俺の説教だってまともに聞いてねぇじゃねぇか」
と和久。
「ほらね、こうしてストレスは溜まっていくのさ」
と青島はすみれに笑いかけるともう一服吸うのだった。
[2001年02月20日(火)]
青島とすみれである。
「当たった?」
「当たった」
「魚住さんが?」
「そ、魚住さんよ」
「何に」
「牡蠣に」
「カキ?」
声がひっくり返る青島。
「そうよ、カキ。家族で食べに行ったのに魚住さんだけ当たったんだって」
「なんだそりゃ」
タバコに火をつける。
「誰も食べた事ないからって連れて行ったらしいのよ」
「それで魚住さんだけ?」
魚住の机の上の家族写真に目をやる。
すみれは青島の口から吐かれた煙をパタパタとあおぎ、続けた。
「で、これ」
と箱を出した。
「なに?」
しげしげと眺める青島。
「おみやげらしいわよ。奥さんが持ってきたの」
「ひょっとして・・カキ?」
「そう、カキ」
にっこりと、すみれ。
「怖いよね・・・」
と青島。
「みんなそうらしいわよ。だから私が貰ったの」
と言うと嬉しそうに箱を抱えスキップして去っていった。
「ま、そだね。すみれさんなら・・・」
と呟くと、たばこを灰皿に押しつけて、仕事に戻る青島であった。
[2001年02月18日(日)]
「先輩、なんか久しぶりですね」
「なにがさ」
「こうしてることですよ」
「あぁ、そう・・かな」
「先輩なんかいっぱい経験あるんでしょうね」
「どういう意味だよ」
「あ、ほら和久さん」
「まじぃな・・」
「何やってんだ?お前ら」
「いや、先輩が・・」
「こら、人のせいにすんなよ」
「痛いなぁ、何するんですか」
「うるさい」
「なんだ?おめーら・・。おい暇ならちょっとこっち手伝えよ」
「いや、それが・・・」
「なんでぇ、暇じゃねーのか?」
「大忙しすよ」
「暇そうにしか見えねぇがなぁ」
「いいから、あっち行ってくださいよ」
「なんでぇ。刑事が暇するほど世の中平和になったのか?」
「やっと行ったよ」
「ぶつぶつ言ってましたね」
「いいよ、あとでちゃんと相手すっから」
「コラ!お前ら!」
刑事課から袴田が飛び出してきた。
「ちゃんと立ってろ!お前達のしたこと分かってるのか!?」
「はいっ」
「まったく、刑事がラーメン屋で暴れてどうすんだ!」
「いや、ですからあれは、強盗を取り押さえようとしてですね・・」
「結局先輩が蹴り倒したのは店長だったんですけど」
「あの人相じゃ仕方ないよなぁ」
「そうですよねぇ」
「こら!ちゃんと反省しろ!お前ら外に出すとろくなこと無いからここに立たせてるんじゃないか!」
「は、はいっ」
姿勢を正す二人。
「と、ところで課長」
「なんだ」
「下ろしていいですかね、バケツ。手が痛くって」
「ダメだ。ほんとはバケツどころかドラム缶抱えさせたいくらいだ。市民から非難の電話の対応でどれだけ大変か・・」
「課長、町内会長さんからお電話です!」
魚住が受話器を押さえて袴田を呼ぶ。
「ちっ」
一瞬魚住と青島をそれぞれ睨む袴田だったが
「ちゃんと反省しろ!ったく」
と苦々しく青島に言い放ち、足早に戻っていった。
「まだまだほとぼり冷めそうにないですね」
「・・・だな」
廊下に立たされる二人のバケツに西日が反射し、二人の顔を照らすのであった。
[2001年02月14日(水)]
「配給でーす」
夏美と圭子が大きな段ボール箱を二人で抱えてやってきた。
「おいおい、なんだいそりゃ」
魚住が書類書きの手を休めて見る。
「じゃーん」
と二人が箱を傾けると中には大量のチョコレートが入っていた。
「なんでぇ、今年から配給制になったのか」
お茶を飲んでいた和久も顔を出す。
「そうです、救援物資ですよ。早いもの勝ちですよぉ」
と夏美が笑った。
「どれどれ」
と一つ手に取る魚住。
「和久さんも、はい」
と圭子が一つ手渡した。
「なんだか味気ないねぇ」
と魚住。
「食べれば甘いですから大丈夫ですよ、ねぇ」
とニッコリ笑う夏美たち。
「おれたち以外は出払ってんだよ、置いてってやってくれ」
と課内を見渡す和久。
「はーい」
と返事をして二人は机の上に一つずつ置いていく。
「真下さん・・・袴田課長に・・・中西係長に武さん・・・青島さんね・・」
と最後の机にチョコを置こうと手を伸ばした夏美は先約がいることに気がついた。
「・・?」
すでに青島の机の上には赤い包みでリボンをかけられた箱が一つ置いてある。
「あれ?山下さん、青島さんとこもう置きました?」
「いいえ?まだだけど?」
「ふーん・・」
その箱を手にとりひっくり返したりしてしばし眺める夏美。
「青島さんには、配給はいらないわね」
と納得して、二人は刑事課への配給を終えたのだった。
[2001年02月13日(火)]
「彼氏なんていらないわよ、ねぇ」
とお互い横に首を傾けるすみれと雪乃。
「淋しいねぇ」
と青島。
「淋しくなんかないわよ、ねぇ」
と再び雪乃と合わせるすみれ。
「バレンタインだってのに本命チョコあげる相手もいないなんてさ・・」
と言う青島に
「それが面倒なんですよ。なんで女だけそんな思いしなきゃなんないんですか、まったく」
と雪乃。
「仕事が恋人ってか?」
と後ろから茶化す和久。
「そうよ、ねぇ」
と再度すみれと雪乃。
「すみれさんはともかく、何で雪乃さんまでそんなになってんのさ」
呆れる青島。
「なんで私はともかくなのよ、失礼ね」
と怒るすみれ。
「青島さんが『彼氏いるの?』なんて訊くからですよ」
と雪乃。
「要するに二人とも彼氏が出来なくて怒ってるわけね」
という青島に
「違いますっ。出来ないんじゃなくて作らないんですっ」
と今度は目も合わせずにユニゾンになる二人であった。
[2001年02月12日(月)]
「いいなぁ、温泉」
と言いながら青島は温泉饅頭にパクついた。
「おめぇだってこないだ温泉入ったじゃねーかよ」
和久はお茶をすすって言った。
「ありゃ温泉じゃないすよ。ガスで沸かした銭湯でしょ」
と饅頭のかけらを口に放り込む青島。
「あ、和久さんのおみやげ?」
と通りかかったのはすみれ。
「草津だってさ」
と青島が言い終わる前に一つ目の饅頭がすみれの口に入っていた。
「いいわねぇ。私もどっか行こっかなぁ」
とモゴモゴしながら言う。
「女の子って温泉好きだよねぇ」
と青島。
「そうねぇ。温泉じゃなくてもお風呂は好きよねやっぱり」
とすみれはお茶に手を伸ばした。
「すみれさんも女の子だねぇ」
と和久。
「何だか失礼ねぇ」
と言いながらすみれが机から出してにこやかな顔で見せたのは
『グルメのための温泉地』
という本であった。
[2001年02月11日(日)]
「すげぇ渋滞だね」
「連休の真ん中ですからねぇ」
青島と真下が歩道からなかなか進まない車の列を眺めている。
「あ、あれ」
と真下が指さした渋滞の先頭に、赤いパトライトが見えた。
近づいてみようとそこに向かい歩き出すと、後ろから夏美が駆け足で過ぎていった。
「あ、夏美ちゃん」
と声をかける青島に振り向く夏美。
「どうしたの?」
と真下。
「事故なんです。もう大変なんです」
とだけ言うとまた駆けていった。
「事故なのに、なんでこんなとこ走ってんだろうね」
と不思議な顔の青島。
「さぁ・・」
とは真下。
とりあえず二人も駆け足になって現場に向かう。
パトライトの横に夏美の頭が見える。何をしているわけでなく、うろちょろしている。
その次の瞬間、二人の動きが同時に止まった。
特に青島の目は見開いている。
夏美の横からヌッと顔を出したのは桑野であった。
「こら篠原!なにボーッとしてるの!渋滞してんじゃないのっ、交通整理しなさい!」
と怒鳴り声も響く。
「は、はいっ」
慌てて飛び出る夏美。
次の瞬間桑野の視線が青島を見つけた。
「お、いいとこにきた。事情聴取しなさい。どうせ暇なんでしょ」
と桑野が手招きする。
「暇じゃないっすよ・・」
なんとか答える青島。
「暇じゃない刑事がそんなとこで突っ立ってるもんか。ほら手伝いなさい」
と桑野に言われ、今まで固まっていたことを思い出す二人。
慌てて事故車に近寄った真下は言われるがまま聴取を始めている。
桑野は慣れた手つきでサラサラと書類に何か記入していく。
ようやく動き出した渋滞の車たちが一台一台と過ぎていく。
「どうしたんですか?こんなとこで」
青島がおそるおそる桑野に訊く。
「どうしたもこうしたもないわよ、事故を通報したの私なの。そしたら来たのは篠原で、私の顔見るなりうろたえてるし、仕方ないじゃない」
桑野は書類書きの手を休めないまま答えた。
夏美同様うろたえていた青島は苦笑いするのがやっとである。
ようやく渋滞が治まり、夏美が戻ってきた。
真下が手伝いしているのを見て、すいません、と頭を下げる。
一通り書類を書き終わった桑野が顔を上げた。
「ほんとにあなたたち、似てるわね」
と言われて、顔を見合わせる青島と夏美。
二人何も言えなくなっている間に、事故処理は桑野によって済まされたのであった。
[2001年02月07日(水)]
「ねぇ武くん」
青島が後ろから声をかけた。
「武くん、今月末の土日お休みなんだよねぇ」
「えぇ、そうですけど?」
書類書きをしていた武が振り返る。
「俺もねぇ、公休なんだよね。一緒にどっか行かない?」
「え?僕とですか?」
「そうだよ。たまにはいいじゃない。ドライブでもしない?」
「ど、どうしたんですか?」
驚く武。
「いや、ほら、俺らって誰かと一緒に休みになることなんて滅多にないじゃない。ましてや連休なんてさ」
「そうですねぇ」
「それに係が違うとますますそういう機会ないしさぁ」
そこへ通りかかる和久。
「なんでぇ、また遊びの相談か?」
と青島の肩をたたく。
「またってなんすか」
と青島。
「今月の最後の土日が休みなんで、ドライブ誘ってんすよ」
「ほお、そうか」
とカレンダーを確認する和久。
「・・・?おめぇ、いつ休みだって?」
「だから土日っすよ。27と28」
「は?」
和久と武が同時に声をあげた。
青島の机に目をやる武。
「カレンダー確認した方がいいですよ」
と、青島の机の上の卓上カレンダーを取って渡した武は、そのまま書類書きに戻った。
「なんだってんだ・・」
とカレンダーに視線を落とした青島は次の瞬間息をのんだ。
青島のカレンダーはまだ一月のままだったのである。
[2001年02月06日(火)]
「温泉、いいよねぇ」
と言いながらカップルが青島の横を通り過ぎていった。
「温泉・・かぁ」
うっとりする青島。
「なんて顔してんだ」
冷めた表情の和久。
「温泉っすよ、温泉」
親指ではるか後ろに去っていったカップルたちを指す。
「温泉、行きゃいいじゃねーか。ほら、連休あるしよ」
「そんなぁ、全部出だって知ってるくせにぃ」
「おらぁ日曜は休みだぞ。おめーの代わりに行って来てやるよ、温泉」
「えぇっ!」
「近所のジジババと一緒に草津なんだよ」
「いいなぁ」
本当に羨ましそうな青島。
「でもほれ、おめーにはここの湯に入る権利をやろう」
と和久が指さした先は、銭湯であった。
「ここで喧嘩中に石鹸で足滑らせて怪我したんだとよ。傷害で訴えるつーからよ、俺が話聞いてる間に入ってくっか」
笑う和久。
「仕事中にまずいっしょ」
といいながらのれんをくぐる二人。
早速喧嘩している男たちの声が聞こえてきた。
「どれどれ」
と割って入る和久だったが、その後ろで青島は誰もいない浴場に目を輝かせながら、服を脱ぎ出すのだった。
[2001年02月05日(月)]
「あ、あれ」
真下がウィンドウを指差した。
レストランのテーブルに座る母親と子供達。こちらに気づいて手を振っている。
「あぁ、アンジェラ」
魚住が少し驚いた顔をしたが、笑って手を振り返した。
「偶然ですねぇ」
と真下。
「そうだね、子供達は創立記念日でお休みだって言ってたからお出かけなんでしょ」
まだニッコリ手を振っている魚住。
そのとき男の子の方がご飯つぶをあごに付けているのをアンジェラが見つけ、それをつまんで食べる仕草が見えた。
「わぁいいですねぇ」
羨ましそうな真下。
「微笑ましいですね、家族って」
すると魚住は
「家族だけがそうじゃないよ」
と静かに答えて何かを指差した。
「?」
指し示した先の海岸のベンチに小さく見えるのは青島とすみれである。
並んで弁当らしきものを食べているが、すみれのあごに付いている米粒を青島が取っているところであった。
「・・・なにやってんすか、先輩たち」
呆れる真下。
「お昼ご飯でしょ。微笑ましいじゃないの」
と、魚住。
「ったく・・」
と真下がにらむと、ちょうど青島が手にしていたお茶をコートにこぼして暴れているのが見えた。