2001/01の湾岸署
[2001年01月20日(土)]
「おい、久しぶりにだるま付き合わねぇか?」
カバンの中を整理しながら、和久。
「お、いいっすねぇ。ただ、説教抜きでお願いします」
こちらもカバンの中を整理している青島。
「何で腰が悪い年寄りの楽しみを奪うようなこと言うかなぁ」
と和久。
「他に楽しみを見つけてください。説教されるオレの気持ちにもなってくださいよ。盆栽あるっしょ、盆栽」
と苦笑の青島。
「おめぇも盆栽もかわんねーよ」
「は?」
「いくら言ってもちっとも成長しねぇ。しばらく目を離すと勝手な方に伸びてきやがる」
「ふん、盆栽と一緒にしないでください」
「盆栽の方がずっとマシだ。しっかり根が生えてる」
と笑いながら二人同時にカバンを閉じたのだった。
[2001年01月17日(水)]
「はぁ」
より一段と大きい真下のため息。
「どうしたの?あれ」
と青島は真下を指さしすみれに訊く。
「さぁ?」
と両手を肩まで上げて首を傾げるすみれ。
「なんだか今日はやる気無いみたいだねぇ」
暴力班の刑事が何か言いながら真下の目の前に書類を置くが、真下は見向きもしない。
「よく分からないけど・・・」
と魚住が顔を出した。
「さっきから『雪乃さんは・・先輩ばっかり・・僕なんて・・・』ってブツブツ言ってるみたいよ」
「なんだそりゃ」
青島は再度真下を見た。袴田が真下の眼前で手をパタパタ振っている。それでもボーッとしている真下。
「あ、あいつやる気あるじゃん」
と言う青島にすみれは
「何が?」
と首を傾げた。
「あいつは今日はやる気がないということのやる気は満々なんだよ、きっと」
と青島。
「何わけわかんないこと言ってんの。青島くんももっかい入院したら?」
とすみれは笑いながら、睨むのだった。
[2001年01月16日(火)]
緑のコートが湾岸署の前に立ち、軽く息を吸い込んだ。
入り口から入ると受付で来訪者の相手をしている森下と緒方が見えた。
署内の案内図を指さして老婦人を案内しているようだ。
その前を過ぎる。
その先を夏美が小走りで階段を駆け下りてくる。しかし手にしたノートをじっと見ながら横を通り過ぎていった。
階段を上ろうと右足を一段目にかけると、後ろで大きな声がした。
振り返ると真下と魚住が慌てたように走っていくのが見える。その先には怪しげな男が逃げている。どうやら追いかけているらしい。
それを見送り階段を上がる。
上りきったところには交通課の三人が丸くなって何か話していた。
声をかけようと手を挙げかけるが、課の方から誰かに呼ばれ、三人ともそちらに走っていった。
角を曲がると神田と秋山が楽しそうに声を上げて更に上へ上がっていくところであった。
完全に消えたと思ったが、秋山の甲高い笑い声だけが聞こえてきた。
ドアに『刑事課』と書かれたプレートを見る。
ドア越しに中を見ると、ちょうど雪乃が被疑者らしい女を連れて取調室に消えていくところだった。
他は空である。
拍子抜けした顔をして室内に入る。
すっかり綺麗になった自分の机にカバンを置く。
コートを乱暴に脱ぎそれも机に置こうとしたが、何かが書かれた紙を置いてあるのを見つけた。
それを手に取ってみる。
「おかえり」
と書かれた横で、すみれの似顔絵が手を振っている。
ニッコリ笑ってようやく
「ただいま」
とつぶやく青島であった。
[2001年01月15日(月)]
「はい、盗犯係・・・あ、青島くん」
電話に出たすみれが嬉しそうな声を上げた。
「どうしたの?え、明日退院?その脚で署に来る?大丈夫なの?」
振り返って強行班係の島を見ながら応対するすみれ。
目があった雪乃が近寄ってきた。
「え?何言ってんの、青島くんなんかいなくても刑事課はちゃんと動いてるわよ」
すみれの横で雪乃も聞いている。受話器から青島の声が漏れて聞こえる。
「もうずっと病院でしょ?身体が鈍っちゃってね。明日からはまたバリバリやるよ」
「青島くん本気出すとろくなことないからほどほどにしていいわよ」
とすみれ。
「なんだよ、ひどいなぁ病人に向かって」
「もう病人じゃないんでしょ。とっとと帰ってらっしゃい」
「そうしたいんだけどね、これから最後の検査やらなきゃいけないんだ」
それを聞いたすみれと雪乃はニッコリ笑う。
「うん、分かった。課長には伝えとく。え?今日はゴルフでいないのよ。そう、じゃ明日ね」
とすみれは電話を切った。
「やっと退院なんですね」
嬉しそうな雪乃。
「またうるさくなるわね」
とすみれ。
「でもいいわ。うるさいの嫌いじゃないしね」
とこちらも嬉しそうに言い、満面の笑みで仕事に戻るのだった。
[2001年01月14日(日)]
「いて、いてててて」
現場へ向かう和久が急に腰を押さえた。
「大丈夫ですか?」
同行の雪乃が覗き込んだ。
「おぅ。いつものやつだよ」
と和久は顔をゆがめたまま苦笑いしながら中腰で腰をトントンと叩く。
「ここんとこ良かったのになぁ。また傷んできやがった」
腰を押さえてようやく立ち上がった。
「あ、青島さん、そろそろ退院なんですかね」
と雪乃。
「お、そうなのかな」
数日前のやりとりを思い出す和久。
「あ、あの野郎、自分だけ治ってオレのはそのまま返しやがったな」
と和久と雪乃は、嬉しそうに笑うのだった。
[2001年01月13日(土)]
「いたっ」
すみれが机の角に腕を取られている。
「お、なにやってんだ」
和久が覗き込む。
「うーん、慣れなくて何度もひっかけちゃうの」
微妙にあいていた引き出しの隙間にブレスレットが挟まっている。そっと引き出しを開け、ようやくほどける。
「お、例のあれか」
「和久さん、知ってるの?」
「すみれさん、昨日行ったのか、青島んとこ」
「うん、ちょっと遅くなっちゃったけど、行ってきた。元気そうでしたよ」
と言いながらすみれは眩しそうに腕を飾っているブレスレットを見た。
「オレが渡せって言ったんだよ」
和久は少し照れて言った。
「病院行ったらよ、前から用意してた誕生日プレゼント渡せないから代わりにって言われたんだけどよ」
すみれは顔を上げた。
「自分で渡せバカ、って言ってやったんだよ」
すみれはニッコリ笑った。
「食べ物の方はまた今度って言ってたわ」
机の上にはしおりの挟まったグルメ雑誌が置かれている。
それを見た和久も、ニッコリと微笑んだ。
[2001年01月12日(金)]
「昨日、すみれさん行ったの?お見舞い」
雪乃が尋ねた。
「ううん、夜になって万引きグループの一斉検挙が入ってね、行けなかった」
残念そうなすみれ。
「私今日帰りに寄るつもりなんですけど、すみれさんも一緒に行く?」
と雪乃。
「うーん、暇ならいいけど、また何があるかわかんないしねぇ」
「そうですよね。仕方ないですけどね、こんな仕事だし」
意外にサバサバしている雪乃。
そこへ飛び込んでくる真下。
「雪乃さん、テレポート駅でケンカだって。人数多いんで手伝ってください」
「はーい」
真下と入れ違いに今度は武が走ってきた。
「恩田さん、昨日の万引きグループの元締めの逮捕状が取れました、行きましょう!」
「あ、はい」
慌ててコートを着る雪乃とすみれ。
二人は目を合わせ、少し困ったように、しかし笑った。
[2001年01月11日(木)]
「どうでした?」
帰ってきてコートを脱ぐ和久に魚住が訊いた。
「おう、静かに寝てたぞ」
脱いだコートを丸めて青島のデスクの上に投げると、どっかり椅子に腰掛け和久は言った。
「二三日寝てれば治るんじゃねぇかって先生は言ってたけどよ」
「青島くん?」
すみれは持ってきたお茶を和久に手渡し、青島のデスクに寄りかかった。
「お、寂しいか」
和久はニヤニヤしながらすみれに訊く。
「なっ、なんで。ぜーんぜん」
一応すみれはそう答えた。
「先生は過労だって言ってたけど」
和久はお茶をすすった。
「遊びすぎの間違いじゃねーか?」
魚住はニッコリ笑って書きかけの帳面を閉じた。
「いつも元気な青島くんが身体壊すとなると、僕たちも気を付けないといけませんなぁ」
「そうよね、和久さんも気を付けてよ」
とすみれ。
「今は全然平気よ。腰がいてーのも青島が持ってってくれたみてーだしな」
腰を叩いてみせる和久。
「そのまま持って帰らないで和久さんの分まで治して貰ってくればいいのにね」
とすみれは笑った。
「おぉ、まったくだ」
そう答えた和久が寂しそうに目をやった先は、綺麗に空になっている青島の灰皿であった。
[2001年01月10日(水)]
「あー、いてて」
青島が腰を押さえている。
「おぉ、どうしたよ」
和久が声をかけた。
「イヤ、よく分かんないんすけど朝起きたら痛くって、イテテテ」
顔が歪む青島。
「大丈夫か?オレは朝起きたら全然痛くなくてよぉ、今日はほれ」
と和久は軽くジャンプしてみせる。
「この通りよ」
全く痛く無さそうである。
「いいっすねぇ。オレにうつしたんじゃないすか」
「お、ばれたか」
和久は笑った。
「いてて、いててて」
席にへたりこむ青島。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です、ちょっと休んでればきっと楽になるっ・・いてっ」
青島の額には脂汗が浮いている。
「うわっ、ちょ、ちょっとすみれさん、救急車呼んでくれ」
ちょうど戻ってきたすみれに声をかけると
「あ、はいっ」
と慌てて電話をかけるすみれ。
間もなく救急車が到着し、青島はそのまま入院することになるのだった。
[2001年01月09日(火)]
「青島さん青島さん、青島さん」
柱の陰から小声で呼ぶ声がする。
どこから呼ばれたか分からずキョロキョロする青島だったが、もう一度呼ばれてやっと気が付いた。
「あ、高橋せんせー、どしたの?」
と立ち止まる青島の腕を柱の白衣が掴んで引き寄せた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど・・」
「な、なによ、それが人に物を聞く態度?」
と冗談で言うと
「すいませんっ」
慌てて高橋は手を離し、皺になった袖を軽くなめした。
「で、なに?」
と青島。
「実はですねぇ」
高橋はいつものこもった声でとぼとぼ喋る。
「そろそろ恩田さん、誕生日じゃないですか」
「あ、そうだっけ」
腕時計のカレンダー表示を確認する青島。
「それでですね、プレゼント何がいいかなぁと思って」
少し赤くなっている高橋。
「あ、それなら簡単。食べ物っすよ」
「たべものですか・・」
「何か美味しいものあげてごらん。尻尾振って大喜びだよ」
「いや、でも食べ物じゃ形に残らないし・・カバンとかどうですかねぇ」
「いや、食べ物っすね」
「じゃあ貴金属・・・ネックレスとかどうですかねぇ」
「食べられるネックレスなら喜ぶだろうねぇ」
「あ・・じゃ、靴なんか」
「あぁ靴なら食べやすそうでいいかも」
「なんでそうなるんですか」
「だって食いしん坊だもん」
「・・・」
「いいじゃん形に残らなくたって。本人が喜ぶのが一番っすよ」
「そ、そうですよね」
力無く笑った高橋は、そのままとぼとぼと帰っていった。
その後ろ姿を見送る青島は
「あれじゃ買ったはいいけど、渡せないんじゃないかなぁ」
と、呟くのだった。
[2001年01月08日(月)]
「成人式ってさ」
圭子が言った。
「雪降ること多いよわねぇ」
うなづく妙子と葉子。
「何年か前も成人式にすっごい大雪降ったしねぇ」
と妙子。
「もう15日じゃなくなったのに、成人式には雪が降るのねぇ」
と葉子。
「今日は・・」
と圭子は窓の外を見る。みぞれに変わった雪はいつしか止んでいた。
「あぁ、ぐっちょぐちょ」
道行く人も歩きにくそうだ。
「こんな日なのにねぇ」
「なのにねぇ」
と刑事課を見る三人。みんな出払っていて空っぽである。ときおりFAXの受信音が鳴る。
「ちょっと、こっちも手伝ってよぉ」
遠くから夏美が呼ぶ声がする。
「はーい」
三人は駆けだした。
が、一人戻ってきた圭子は刑事課の暖房の温度を一度上げたあと
「よしっ」
とニッコリ笑った。
窓の外ではちょうど青島が寒そうに転びそうになりながら戻ってくるところだったが、走って戻る圭子にそれは見えなかった。
[2001年01月07日(日)]
魚住が額を押さえて出勤してきた。
「どうしたんですか?」
最初に見つけた雪乃が声をかけた。
「いや、なんでもないよ」
と手をどけると大きなガーゼが貼られている。
「ケガしたんですか?」
驚く雪乃。
「お、また夫婦喧嘩か」
和久はニヤニヤしながら言う。
「またってなんですか。違いますよ」
魚住は苦笑いで返した。
「昨日子供とキャッチボールしてたんだよ」
雪乃に向かって説明する。
「こんな寒いのに?」
「いや、うちの中でね」
「そんなに広いおうちなんですか?」
「広くないからこうなっちゃったんだよ」
と魚住はおでこを指さした。
「奥のキッチンまで下がったら床がフローリングなもんで滑っちゃってね」
「あらら」
「滑ったところにちょうど家内が冷蔵庫のドアを開けてね、ゴンッさ」
手振りをまじえて説明する魚住だったが、痛んだのか再度額を押さえる。
「うちの冷蔵庫はフィンランド製なんだよ。日本のってペコペコしてるじゃない。あっちのは固いんだまた、バカみたいに」
「あはは」
「笑っちゃうでしょ。でも痛いんだよね」
半べその魚住。
「夫婦喧嘩と似たようなもんじゃねーか」
しっかり聞いていた和久がチャチャを入れる。
「違いますって。仲むつまじいですよ、昨日だってぶつかったら大丈夫かって心配してたしね」
「ほぉ」
「ただ心配してたのは僕じゃなくって冷蔵庫のドアですけど」
と魚住は笑った。
雪乃と和久は顔を見合わせて、笑っていいものかどうかしばし悩むのであった。
[2001年01月06日(土)]
「ねぇ、知ってる?」
「何がですか?」
今日は珍しく真下とすみれが現場に向かい背中を丸めて歩いている。
「昨日の和久さんの怒ったわけ」
「字、間違えたからじゃないんですか?」
目を丸くする真下。
「まだまだ甘いなぁ、真下くんも」
「はぁ」
「なんで昨日なんだと思う?」
「え?」
「正月から顔合わせてるんだから、二日に言う方が自然じゃない?」
「あ、そうですねぇ。年賀状は正月に届くんだし」
「でしょ?」
強く風が吹いたのでより肩をすくめる二人。
「つまり、青島くんは出し忘れたのよ」
「なるほど」
「和久さんから年賀状が届いてはじめて書いたのね」
「あぁ」
「でしょ?」
「それでか」
「なにが?」
今度はすみれの目が丸くなった。
「僕のところにも年賀状、来たんです、4日に」
「あら、そうなの?」
「先輩、みんなにそれやったのかなぁ」
眉をしかめる真下。
「ま、まさか・・・でもあり得るわね」
とすみれ。
真下が訊く。
「すみれさんは出したんですか?先輩に」
「いや、私たちは正月会ったときに直接交換してるのよ。大晦日に書いてもいいから楽よ」
「あぁ、なるほどぉ」
真下は腕を組んだ。
「あ、ところで真下くんのは何が書いてあったの?」
「僕のですか?三段とも同じ大きさの鏡餅が描いてあって、その下に2001とだけ」
「あはは。彼、年賀状に関してはほんとにやる気無いわね」
「すみれさんのは?」
「おめでと、だけ。真ん中にでっかく」
「うわぁ、シンプルですねぇ」
「でもね、いろんなことがめでたいから、ぜーんぶひっくるめて『おめでと』なんだって」
すみれは目を細めた。
その横顔を見た真下も、嬉しそうに微笑むのだった。
[2001年01月05日(金)]
「ったく失礼なやつだよなぁ」
和久を中央に、真下やすみれが集まっている。
「仕方ないですよ」
「何が仕方ねーんだよ」
「ほら、先輩字が下手だし」
「こんなの上手い下手の問題か?」
和久はカンカンである。
そこへ青島が帰ってきた。
「お疲れぇ」
とすみれが声をかけた。
「お、なになに?何かあったの?」
青島は輪に入ろうと覗き込む。和久が手にしている年賀状が見えた。
「なんだ、恥ずかしいなぁ、和久さん」
照れる青島。
「おめぇ、こりゃなんだ」
和久は年賀状を指さして訊いた。
「ん?なんだって、そりゃヘビっすよ。巳年ですもん、ヘビっしょ」
青島は鼻の頭を掻いた。
「ヘビぃ?まぁ、今どき手書きの年賀状なんて少ねぇからそこは感心するけどよ、でもこれじゃおたまじゃくしだ」
頭でっかちで極端に身体の短い生き物が描かれている。
「中途半端に舌が出てるからなお不気味よね」
とすみれが笑った。
「それと、こりゃなんだ?」
と再び和久。
「は?字、読めないんすか?賀正ですよ、賀正」
青島も首を曲げて指さされたところを確認する。特徴のある斜め字で賀正と書かれている。
「じゃ、これは」
と和久。
「謹賀新年っすよ」
「じゃ、これ」
「迎春」
「じゃ、こっち」
「そりゃ元旦」
「これ」
「それは新春」
「おめぇなぁ。めでたい言葉なんでも書けばいいってもんじゃねぇんだぞ。それにこの元旦の字、おたまじゃくしに食われかけてんじゃねぇか」
「失礼だなぁ、ヘビですってば」
ふてくされる青島。
「失礼はおめぇだ、このバカ。よく見てみろ」
宛名側を顔に押しつけられる青島。
「なんすか!」
それをはぎ取るようにして表を見た。
「あ・・・」
やっと気が付いた。
「あーあ」
真下と雪乃が同時に声を出す。すみれはただニコニコしている。
「す、すいません」
引きつる青島の顔。
「おめぇ今日は一日俺の手伝いだ。二度と間違えねぇようにしてやっからよ」
と、青島の耳を引っ張る和久。
「イテ!イテテ!」
青島は手にしていた年賀状を落とし、そのまま書庫に連行されていった。
「うん?」
ちょうど通りかかった魚住がそれを拾い上げて眺めた。
やはり青島の斜め字で宛名のところに、『和九平八郎様』と書かれているのだった。
[2001年01月04日(木)]
「室井だ」
と青島は室井の物真似をしている。
「似てる似てる〜っ」
すみれと雪乃が大喜びで拍手する。
「このへんのシワが難しいよね。寄せすぎるとただの頑固じじいだし」
と青島は眉間を指さす。
「いいのよ。室井さん、警察じゃなきゃただの頑固じじいだもん」
と笑うすみれ。
その時廊下を走って緒方が入ってきた。
「室井さん、いらっしゃいましたっ」
前もって青島から聞いていたので慌ててはいないが、やはり顔は神妙になっている。
青島達三人が廊下を覗き込むと、角を曲がって室井がやってくるのが見えた。
さっと立ち上がる青島。
声をかけたのは室井からであった。
「今、いいか?」
青島は室井の分厚い鞄を受け取ると、自分の机の上に置いた。
「はい、大丈夫ですっ」
ちょうど休憩中であった。
すみれと雪乃はさっきの物真似を思い出したか、二人顔を見合わせてクスクス笑っている。
「明けましておめでとうございます」
青島は軽く会釈をした。
「おめでとう。と言ってももう4日じゃ正月でもないが」
室井は青島のパソコンの上のミニ鏡餅を見ながら言った。
「そうですね。あ、これこれ」
青島はポケットから小箱を出す。
「はいこれ、桑野さんからです」
「誕生日おめでとー」
すみれから声をかけられ、照れくさそうな顔をした室井は
「ああ、ありがとう」
とだけ返した。
「それとこれは・・」
青島は再びポケットから小さな封筒を出す。
「昔入院したときに貰った見舞いのお返しの気持ちも込めてます」
と青島は笑った。
受け取った室井は封がされていないことに気付いて、封筒を傾けた。中から出てきたのはピーポくんボールペンである。一瞬だけ目を見開く室井。
「見舞いにありがたーい労災の申請書いただきましたので、そのお礼です」
と青島はまた笑った。
「青島らしいな」
と訛り混じりに言うと室井は両方の贈り物を自分の鞄に詰め込んだ。
「まだ時間あるんすよね」
と青島。
「あぁ・・大丈夫だ」
腕時計を確認して答える室井。
「じゃまた、コーヒーでも・・」
と二人は休憩室に消えていった。
「相変わらずね」
とすみれと雪乃は微笑みあった。
「さ、仕事仕事」
と振り返ろうとしたすみれの視界に室井の鞄が映り、一瞬止まった。
室井の鞄からはボールペンの先のピーポくんが顔を出し、いつまでも笑っているのだった。
[2001年01月03日(水)]
元旦の忙しさはどこへ行ったか、今は皆署内でそれぞれの仕事をしている。
「よかったですね」
「よかないよ」
真下と青島である。
「いつもの各署交代の初詣の警備、今年は暴力班になったからやらなくていいんですよ」
目をやった暴力班の机には誰もいない。
「あれ、寒いしトイレ混むし、つらいんですよねぇ」
真下はしみじみ言った。
「あぁ、それはね、よかったよね」
と返す青島はあまり興味なさそうである。
「どうしたんですか?」
尋ねる真下。
「いやね、これ」
と青島は昨日渡されたプレゼントの小箱を見せた。
「室井さんに渡してくれって桑野さんから」
「あぁ、そういえば今日誕生日でしたっけね」
真下はメモをめくって答えた。
「そんなことまでチェックしてんの、お前」
呆れる青島。
「前に僕、雪乃さんの誕生日忘れてたでしょ。それからはこうしてメモするようにしてるんです」
ペンで手帳を指しながら答える。
「雪乃さんはまだ分かるけど、なんで室井さんのまで」
「僕の目標は室井さんですからっ」
真下の声があまりに大きかったのか、すみれが一瞬だけこちらを向いた。
「ま、なんでもいいや。それでさ渡してくれったって毎日会ってるわけじゃないしさ、忙しかったらそれで誤魔化そうと思ったんだけど、こう暇じゃねぇ」
青島はタバコを出してくわえた。
「そんな話最初から引き受けなきゃ良いんですよ」
真下は傍にあったマッチを手渡す。
「桑野さんだよ?断れると思うか?」
タバコに火を付けた。
「そうですよねぇ」
と言い、真下は自分の席に戻っていった。
「しかたない」
と受話器に手を置くと、その瞬間電話が鳴った。
一瞬驚いた青島だったが、そのまま電話をとる。
「はい、強行班係。あ、室井さん!?」
くわえていたタバコを落としてしまい慌てて拾う。
「どうしたんですか?」
青島が尋ねる。
受話器の向こうの室井。
「用事があって勝鬨署に電話したのだが、君に連絡とるように言われてな。なんだ」
「あ、おめでとうございます。誕生日と新年」
和久が隣で、そんな挨拶があるかよ、と文句を言っている。
「あぁ・・」
一瞬照れくさそうな室井。
「それでですね。誕生日プレゼント預かってるんすよ。これから会えませんか」
「明日そっちに行く用事があるからその時ではダメか。帰りに寄るようにするが」
プライベートな話になると少し訛りが出る。
「あ、それでいいっす。待ってますんで。じゃ、また」
電話を切る青島。
後ろのすみれが声をかけた。
「青島くんも何か用意しといた方がいいんじゃない?」
「なにがさ」
「プレゼントよ。他人のプレゼント渡すだけじゃばつも悪いでしょ」
「あ、そっか」
しばらく腕組みをして考えていた青島だったが、
「あ、いいのがあるじゃん」
と机の上のピーポくんボールペンを見て、嬉しそうに微笑んだ。
[2001年01月02日(火)]
「ゲッ!」
と青島が喉で声を出したその視線の先には桑野が立っていた。
桑野はすごい形相で青島を睨んでいる。
キョロキョロして自分の周りに誰かいないか確認する青島。誰もいない。
一歩一歩近づいてくる桑野。
その距離に比例してのけぞる青島。
着実に狭まる距離の恐怖に耐えきれなくなった青島が
「うわぁ!」
と悲鳴に似た叫びをあげようとした瞬間、
「これ」
と桑野は右手を出して見せた。その手のひらに小さな箱が載っている。
「あ?」
変な声を出す青島。
「青島くーん」
と桑野は、聞いたこともないような声を出した。
「これ、誕生日プレゼントなんだけど・・」
「あ、ありがとうございます。でも俺、先月っすよ」
と手を出そうとすると、桑野は自分の手を引いた。
「誰があなたにあげるっていってるのよ」
と睨む。が、すぐに表情が変わり
「室井さん、明日誕生日でしょ?これ、渡してくれる?」
「は?あ・・はぁ」
ようやくプレゼントを受け取った青島が訊いた。
「でもなんで俺が?」
「いやこないだうちの署にも捜査本部が立ってね、新城さん来たのよ」
「はぁ・・」
まだ事情が掴めない青島。
「それでこれ渡してって頼んだら断られてね」
「はぁ・・」
首を傾げる青島。
「『室井さんは青島と仲がいいみたいだから青島に頼んだらどうだ』って。同じ本店なんだから渡してくれてもいいのにねぇ、相変わらずちっちゃいねぇ」
最後はブツブツ言っている桑野。
「でも俺、室井さんに会う機会なんてないっすよ」
事情が飲み込めた青島は再度訊くが
「私よりはあるでしょ。わざわざここまで来たんだから、なんとかしてよ」
と桑野。
「なんとかしてったって、ここまで来たならついでに本店まで行っちゃえば・・」
「なにあんた、室井さん嫌いなの?」
「え、いや、そういうわけじゃ・・」
「じゃあ行ってよ。そうだ、あなたも何か買ってくといいわ。うんそうね、じゃあよろしく」
と言うと、桑野はノシノシと帰っていった。
「なんで俺が桑野さんのお使いしなきゃいけないんだ・・」
プレゼントを見つめる青島。
「明日・・ね。そんな暇あんのかな・・」
と呟いた。
[2001年01月01日(月)]
「明けましておめでとうございます」
青島がボサボサ頭で挨拶をした。
「新年早々おせーな。ギリギリだぞ」
和久が時計を見て文句を言った。
「和久さん元気っすね。昨日はあんな時間まで一緒に飲んだのに・・」
「おめぇと一緒にすんな。ほら、おいでだぞ」
と指さすと、ちょうど神田と秋山が入ってきたところであった。
「みんな揃ってるようだね、じゃ署長っ」
と秋山が神田を前に出す。
「みなさん、あけましておめでとう。昨年はいろいろバタバタしたけれど、今年も勝鬨署以上の検挙率を目指して・・・」
と神田がじっくり考えたであろう挨拶をはじめたが、同時に全ての電話が鳴りだした。
散る刑事達。
「空き巣ですか。アパートの二階?はい、すぐ向かいますっ」
とすみれ。
「ダルマ近くで酔っぱらいがケンカ?ケガしてる?」
とメモをしながらは魚住。
「強盗未遂ですか。被疑者は外国人?あぁ、アメリカ人ですか」
こちらのメモは英語の殴り書き。雪乃。
「強盗?コンビニの防犯カメラに映ってる?はいはい、すぐ向かいます」
とメモしようと思ったがペンが見つからない真下。
「浮浪者が大挙して交番に?あ?俺を呼んでる?その係は青島に変わったんだってばよ」
と腰を叩きながら和久。
「あ、先生。明けましておめでとうございます。お寿司美味しかったですよ。え?冬休みですか?えーと、まいったなぁ」
とデレデレしているのは青島。
皆同時に電話を切ると、
「いってきまーす!」
と一斉に出ていった。
と思ったが、神田は一人電話に向かってデレデレし続けている青島を見つけた。
「おい、何やっとるんだね、君は」
と肩を叩くとやっと周りの状況に気付き慌てて電話を切る青島。
「あ、いや。大事件です」
訳の分からないことを辿々しく言う青島。
「青島君、君はねぇまったく・・」
と説教が始まりそうになったが、廊下の向こうから和久が
「おい!青島!おめぇがちゃんと引き継がねぇから大変なことになってんぞ、一緒に来い!」
と怒鳴り声をあげてそれを止めた。
「ということで、青島巡査部長、行って参りますっ」
と、敬礼をする青島。
神田もつられて敬礼をしてしまう。その隙に青島も飛び出していった。
「今年も、やっぱりダメでしたな」
と渋い顔の秋山。
「去年もそうだったしねぇ。しょうがない、来年にまわすか」
とカンペを内ポケットから出して残念そうに見つめる神田。
「来年こそは、ぜひ・・」
などと秋山が後ろから声をかけながら、二人は上へ戻っていった。
刑事課内に一人残された袴田は、しめ飾りの付いたゴルフバッグからクラブを取り出して、いつものように嬉しそうに手入れをはじめるのだった。