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2000/02の湾岸署

[2000年02月29日(火)]

「ぜんっぜんダメだぁ」
と、らしくない声を上げて椅子にへたりこむ青島。
「ほらほら、また室井さんに怒られるわよ」
と、言いながら青島と真下のコーヒーを持ってくるすみれ。
「あれから先輩妙に気合い入っちゃって、二日間歩きっぱなしだったんですけど収穫無しなんです」
受け取ったコーヒーをすする真下。
「もう限界。あ、ありがとう」
熱いのに一気に飲み干そうとしたのか、アチアチ言う青島。
「数少ない目撃証言で複数の若者らしい、というのは判ったんですけどね」
数少ない、の部分に妙に力が入る真下。
「今までの流れからするとそろそろ第二波がくるはずだから、そこでとっ捕まえないとなぁ」
青島のコーヒーはもう空である。
そこへ圭子。
「あ、青島さん。桑野さんが探してましたよ」
「え?桑野さんが?」
「『まったくあなたはダメねぇ』と伝えておいてくれ、ですって」
「なんだそりゃ?」
「とりあえず伝えましたから。桑野さんはどっか行っちゃったみたいですから、明日にでも本人に訊いてみて下さい」
とニコニコした圭子は自分の仕事に戻って言った。
「・・・・?」
顔を見合わせる青島と真下。

[2000年02月26日(土)]

「室井さん、来ないね」
火のついていないタバコで遊んでいる青島。
「忙しいんじゃないですか?」
と適当に答える真下。
「何時に来るって言ってた?」
と青島は椅子を身体ごと廻してすみれに訊ねる。
「午前中、としか言ってなかったけど・・そろそろ来るんじゃない?」
と、書類を書きながら返事したので青島からは多少くぐもって聞こえた。
「オレに何か話でもあるのかなぁ」
背もたれに思い切り体重をかける。
とそこへ
「室井さんが到着しましたっ」
と緒方が興奮した面もちで走ってきた。
その後ろをいつもの調子で歩いてくる室井。
青島も真下も椅子から立ち上がった。真下は敬礼までしているが、青島は頭を掻いていた。
「元気そうだな」
「ええ」
背丈は青島の方が高いのに室井の方がずっと大きく見えるのは、真下だけではなかった。
「あの窃盗事件は新城から、君たちに行ったらしいな」
お陰で青島が新城の愚痴まで聞かされたのは一昨日のことだ。
「でも所轄の方が動きやすいですよ、こういう事件は」
青島がそう言う後ろでガチガチに固まっている真下がやっと訊く。
「室井さんから話が降りたらしいですね」
「そうだ」
「なんでまた」
「警察のイメージが悪いからどうにかしろ、と上から命令された」
「そうらしいですね」
「上はもっと悪質な犯罪に力を入れて早期解決するのだ、と言ってきたが・・」
「でしょうね」の相槌は二人同時だった。
「分かると思うが悪質な事件の捜査というのは何も言わなくても力が入るものだ。だからあえて私は今回の事件の捜査を進めたのだ」
青島は少し小さくなって言った。
「でもその悪質な事件も捜査員が増えればそれだけ早期解決するでしょう。なんだって窃盗事件なんか・・」
と言いかけたところで、室井の眉間の皺が一層寄る。
「事件に大きいも小さいも無い!」
大きな声に刑事課内の全ての刑事の動きが止まる。青島は一瞬びくりとしたが何かを悟ったように眼を大きく見開いた。
「青島ぁ。君がそういうことでどうする」
明らかに睨んでいる。
「・・・・」
取り乱した自分を直すかのように、コートの襟を引っ張る室井。
そのまま机の上の自分のカバンを肩に掛ける青島。
「すいません」軽く頭を下げた青島はそのまま、いくぞ、と真下を伴って出ていく。
課を出たところで青島は振り返り室井を見て、微笑んだ。
一瞬後、文字通り飛び出ていった青島だったが、それを見送る室井が微笑んだかどうかはその後ろにいたすみれには判らなかった。

[2000年02月25日(金)]

「なにをやってたんだ、お前達は!」
と、新城の怒鳴り声。
その受話器を持つ青島の隣にいる真下にまで聞こえる。
「・・・すみません」
「5台だぞ、5台!」
昨日テレポート駅周辺をテロテロと歩いていた青島と真下だったが、その時新木場近辺では5件もの自転車窃盗事件が起こっていたのだ。
「君は新木場に住んでるんじゃないのか!」
住んでいるから周りの治安がよくなるものでもないのだが、そう言いたくなる気持ちも分かるので青島は黙っていた。
「命令違反するときは派手なのにこう言うときは消極的なんだな。とにかく、怪しい人物がいたら即任動をかけろ」
とだけ言うと向こうから電話を切ってしまった。
湾岸署刑事課である。捜査の対象が署の周辺なので、結局二人は毎日署に来ることになっているのだ。
「無茶苦茶言うなぁ・・」
受話器に向かってしかめ面をした後、置いた。
「自分たちが取り逃がしたからこうして僕らが苦労してんのに」
真下が口を尖らせている。
「まぁでも五件だからなぁ。通報がなかったのとか入れるとその倍は盗まれたんだろうな」
と言いながらいつものカバンを肩に掛ける。
「徐々に場所を移動してるならまたどこかへ行っちゃうかも知れない。新城さんに怒鳴られるのもイヤだからね。なんとしてもうちで捕まえよ」
「じゃ行きますか」
二人は走って出ていった。
丁度その時鳴った電話には、すみれが出た。
「あ、室井さん。え?青島くん?たった今飛びでてっちゃったわよ」
振り返って青島の背中を見送りながら答える。
「ん?明日来るの?分かった伝えとく」
それを後ろで聞いていた和久。
「お、室井さん、来んのかい」
「そうみたい」
「本店もさぞかし暇なんだなぁ。青島が大モテじゃないか」
そう言って、二人は笑った。

[2000年02月24日(木)]

「先輩のせいで僕までこんなことに・・」
真下は手に持つカバンを膝で突き上げながら歩いている。
「オレのせいじゃないよ。新城さんが呼んだんじゃないか。俺を怒るなら筋違いだよ」
青島は一応キョロキョロしているが、とても捜査の役には立っていない。
「それにしても広域事件がオレ一人だけなのかよ、ったく」
「一人じゃないでしょ。僕まで巻き込まれてるじゃないですか」
「お前なんていてもいなくても一緒だよ。被疑者に出くわしても真っ先に逃げそうじゃないか。いつかだって目の前にして固まってたし」
「あれは先輩が動くなって言ったからじゃないですか」
二人が歩いているのは東京テレポート駅前。平日昼間は人通りも少ない。
風向きが悪いと判断したのか、真下は話を逸らした。
「本店の友達から聞いたんですけど、今回の話、室井さんから来たみたいですよ」
「え?室井さん?今何やってんの?」
少し驚いた様子の青島。
「さぁ・・そこまでは聞いてないですけど。とにかく室井さんから新城さんへ命令が来たっていうので」
「あぁ、それで余計に新城さん不機嫌だったんだ」
昨日の新城の顔を思い出しているらしい。
「この犯行なんですが、少しずつ場所を移動してるらしいんですよ。でついに港区に来たというわけです」
「それでなんでオレなんだよ」
「それは指揮しているのが新城さんで、先輩がここにいるからでしょう」
「なんだよ、そりゃいじめか?」
「そう思ってないのは先輩だけですよ」
どうにも捜査しているように見えない二人だが、その実やはり捜査になっていなかった。

[2000年02月23日(水)]

ふぅ、とついた青島のため息は本庁入り口の立ち番には聞こえなかった。
「もうお迎えはないのね」
と、変なところでふてくされている。
どこへ行くかは昨日のうちに袴田から聞いていたので、直接その部署へ向かった。
「懐かしいじゃないの」と人差し指の節でコンと叩いたのは捜査一課の札。
そこへ島津。
「青島君だね」
いつも他人行儀だなと青島は少し思ったが、島津がキーロックを解除してくれなかったらそのまま立ち往生するところであった。
「捜査一課の人間は自分の机に戻ることはないんじゃなかったでしたっけ」
と青島が見渡した一課の中は、大半の席に捜査員が座っている。
「今はよっぽど暇なんすね」
という言葉は島津の耳には聞こえなかったようだ。
突き当たりの席では新城が睨みを利かせている。
「ご苦労」
と、言って立ち上がり
「君にピッタリの仕事だ」
と、一枚の紙を差し出した。
「都内全域で起こっている自転車窃盗事件の犯人検挙に協力して欲しい」
「はぁ」
気のない返事は青島。
「君は以前にも広域自転車窃盗犯を検挙して警視総監賞を貰っているな。その才能を見込んで君を抜擢させてもらった。存分に働いてくれたまえ」
「はぁ・・・はい」
凝視する新城の視線に耐えられなくなったのか、貰った紙に目を落とす。
「読んで貰えば分かるが、複数犯による犯行らしいということは判明した。あとは宜しく頼む」
新城はそう言うとそのまま席に深く腰をかけた。
「ところで・・・」
と青島が言いかけたところで隣の島津が一つ咳払いをしたのだが、青島はそれに気付かなかった。
「何で新城さんがこんな事件やってんすか?」
途端に新城の顔が赤くなり、机をバンと強く叩いて言い放った。
「私が聞きたいくらいだ。大方、最近警察には悪い話ばかりだからイメージ回復のために身近な事件からとか上は思ってるんだろう。捜査一課を何だと思ってるんだ・・・」
最後には珍しく愚痴が入る。
後を続けるように島津が言う。
「ということなんだ。青島君、宜しく頼むよ。捜査一課の刑事は他の事件で忙しくてあまりこんな事件にかまっていられないんだ」
「その割にはみんないるじゃないすか」
と、青島は後ろを顎でチョイと指して言う。
無視する新城。
「独りじゃ心許ないだろうから真下君にも要請をかけておこう。彼は元々本庁の人間だしな」
と言われて初めてこの事件の担当が自分だけだということに気付く、青島であった。

[2000年02月22日(火)]

「はいっ。はいっ、かしこまりましたっ」
袴田が電話に向かってお辞儀をしている。
「はい、明日ですね。青島行かせますんで」
という声でボーッとしていた青島が我に返る。
「な、なに?オレ呼ばれなかった?」
とキョロキョロしていると後ろですみれが
「これから呼ばれるところよ」
とニヤッと笑った。
すると
「おい、青島」
と早速袴田の声。
「は・・はい」
と席を立つ青島に
「イヤァな予感がするだろ」
と和久もすみれに負けじとニヤニヤを振りかけた。
「青島巡査部長!」
と袴田の敬礼につられて青島も敬礼。
「また本店がお呼びだ。明日は本店へ行くように」
「はあ?」
「新城管理官のとこに行けば分かるから。じゃよろしく」
と言い終わらないうちに片手はまたゴルフクラブを握っている。
「・・・新城さんか」
舌打ち一歩手前の青島。

[2000年02月21日(月)]

「昨日の先輩の絆創膏はちゃんと傷でしたよ」
と耳打ちする真下。
「そ、それがどうしたっていうのよぉ」
とは、すみれ。

[2000年02月20日(日)]

「どうしたの?それ」
青島の顔を覗き込んですみれが訊く。
「いやぁ、ひげ剃りに失敗しちゃってさぁ」
と照れ笑いとも苦笑いともつかず頭を掻く青島。
「お前はひげ剃るとそんなところが傷付くのか」
と和久がニヤニヤ笑っている。
青島の絆創膏は首筋に二つ貼られているのだ。
「それにしてもキティちゃんはないんじゃない?」
と絆創膏を突っつきながら笑うすみれと
「これしかなかったんだもん」
とふくれる青島。

[2000年02月19日(土)]

「ほら、これ見て下さいよ」
と真下はちょっと怒り顔で右手を出す。
「なにこれ、『ピーポオくん』?」
覗き込む青島。
真下の手のひらには、携帯ストラップ。
「角が三本あるんだねぇ。可愛いじゃないの」
青島はつまんでかざして見ている。確かに『ぼくピーポオくん」と書かれたタグが付いている。
「近所で売ってるの見つけたんですけど、ピーポくんは警視庁が商標登録してるんですよ。違法ですよ」
興奮している真下。
「さっそく警視庁にチクッときました」
「でもお前なぁ」
和久が顔を出した。
「うちのピーポーくんだって、ピーポくんのパクリだぞ」
「あっ」目が点になる真下。
「いや、でもうちのはそれで商売してるわけじゃないし・・」
と一応反論したが
「お坊ちゃんの法律は都合いいんだなぁ」
と和久に突っ込まれてタジタジ。

[2000年02月18日(金)]

「どこかで見た顔だなぁ」
魚住が腕組みをしている。
「近所のおじさんにあんなのいたかなぁ。あんな知り合いいたっけなぁ」
眉をしかめてそこに人差し指を当てて唸る。
暴力班の刑事にペコペコしながら話している老人。
話しかけられている暴力班の刑事達は、心なしか困った顔をしているようだ。
「誰だっけなぁ。うーん、気のせいかな」
と諦めて後ろに振り向いたその背中に、
「このご恩は忘れません。明日返しに上がりますから」
と聞こえたその台詞で魚住の目が見開いた。あのテカテカ頭!
勢いよく振り返るがもうその老人はいない。
「か、か、課長!」
口がパクパクしている。
「なんだね、大きな声出して」
パターを磨く袴田はしかめ面する。
「す、す、寸借詐欺です。性懲りもなくまた現れました!」
鼻息の荒い魚住。
「なにやってんだ、すぐ捕まえなさいよ」
と言われてやっと追いかけることを思い出した魚住は、慌てて廊下へ飛び出ていった。
それを見ていた和久は、ため息。
「また捕り逃がすんだろうなぁ・・。性懲りもなく・・・」

[2000年02月17日(木)](Thnx まゆっち)

青島が朝から始めた取り調べは、世間話に思い切り華が咲いてしまって、終えるとすっかり昼を過ぎていた。
「うぅ、はらへったぁ。さあ何食おっかなぁ」
と、ノビをしながら唸っていると、雪乃、
「青島さん、よかったらこれ、食べませんか?」
小さな包みを差し出した。
「どしたの?これ、雪乃さんのお弁当でしょ」
と口では言いながら、受け取る青島。
「今日は、真下さんにお昼ごちそうして貰ったんですよ」
「あ、あの・・・ちょっと聞き込みに・・・女性がいたほうが都合よかったので・・・偶然お昼に・・・」
慌てた真下はしどろもどろになっていて言い訳をしようとしているが、何を言いたいのかさっぱり分からない。
しかしそんな真下を青島は気にも留めない。
「そっか。いや〜、助かったな〜。給料前でろくなもん食ってなかったんだよねぇ。いっただきまぁす」
両親指に端を挟んでそういうと、既に乱暴に包みを開けられている弁当をパクつく。
「うん、うまいよ」
などとご飯粒の付いた箸を振り回している横顔を嬉しそうに眺めながら、その青島にお茶を入れる雪乃。
レストランの下見もしておき、偶然を装って雪乃をランチに誘うのに成功したのに、思い切り敗北感に浸っている真下。

[2000年02月16日(水)]

青島は相変わらず保険のおばちゃんに追いかけられている。
「青島くん、そろそろ考えてくれた?」
と覗き込まれるのは、青島が適当に
「そのうち考えときますから」
といつも誤魔化している所為なのだが、苦い顔しつつもまた同じ口上で断るのは青島も営業の辛さを知ってるからなのだろうなと、和久は思っている。
しかし真下は
「思い切り断った方が相手のためなんじゃないですか?」
と珍しく鋭い突っ込みをしていた。

[2000年02月15日(火)]

「あれ??」
と、腕を振っている青島。
「やっぱダメだな、こりゃ」
「どうしたんですか?」
雪乃が覗き込んだ。
「いや、時計がね、どうも調子悪くて合わせてもすぐ遅れちゃうんだよね」
ブツブツ言いながらはずした時計をコートのポケットに突っ込んだ。
「でも青島さん、時計いっぱい持ってるんでしょ。すみれさんから聞きましたよ」
と雪乃は笑ったが
「やっぱり慣れてるのが一番いいんだよねぇ」
と青島は残念そう。
「これがないと、遅刻しちゃうなぁ」
等とのんきに言っていると
「どうせおめーは遅刻ばかりじゃねーか」
と和久が、これまたのんきに突っ込むのだった。

[2000年02月14日(月)]

「ちょっとちょっと青島くん」
柱の陰から小声で手招きするすみれ。
「うん、なに?」
頭をポリポリ掻きながら席から立つ青島。
すみれに近づくと左腕を掴まれ、陰に引きづりこまれる。
「な、なに」
動揺する青島に、
「はい、これ」
とすみれの手にはハート型の箱。
「バレンタインよ、みんなには内緒ね」
とニコッと笑うと、そのままどこかへ行ってしまった。
少しビックリしつつも、そのハートをお腹のあたりに押し込んでコッソリ自分の席に戻り、素早い動作でカバンの中にしまった。
何か悪いことしたわけではないのに妙に挙動不審になってしまう青島だったが、真下の方を見ると机の引き出しの中を見てはニヤニヤしているのを見つける。
引き出しを覗き込むと、青島が貰ったのと全く同じハート型。
「おぃ、ちょっと!」
と今度は青島が真下の腕を掴んで柱の陰へ引っ張っていく。
「なんですか、せんぱい」
と突然の出来事に驚く真下に、 「あのチョコ。どうしたんだ?」
と詰め寄る青島。
「すみれさんからか?」
と、どういう意図かそう訊くと
「まさか。雪乃さんですよ。内緒ですよ、誰にも言うなって言われてるんですから」
とニコニコして答える。
「ふーん」と納得いかない様子の青島。
その二人の後ろで、夏美に呼び出された魚住がやはり
「みんなには内緒です」
と同じハート形のチョコを貰っているところだった。

[2000年02月10日(木)]

真下はこの頃手袋がお気に入り。
「せんぱいは手袋しないんですね」
現場に向かう道すがら、青島に尋ねた。
「お前は手袋にマフラーに、完全装備だねぇ」
頭の先から足元まで見下ろすと、呆れたように応える。
「えぇ、寒さには弱いんですよ」
重装備の割に、心もちプルプル震えている真下。
「せんぱいは寒くないんですか?」
自分の発した『寒い』という言葉に反応するように、ちぢこもる。
「このコートには合わないんだよねぇ」
襟元を掴んで見せる青島。
「でもこれ、あったかいからマフラーとかいらないよ」
と、ポケットに手をつっこんだ。
真下は少し青島のコートが欲しくなったが、自分には似合わないことに、すぐ気付いた。

[2000年02月09日(水)](原作 まゆっち)

「おはよございまーす」
眠そうな挨拶は青島。
「おはよ」
それを聞いた青島。腰をかがめながら真下に近づき、口に手を当て小声で
「すみれさん、なんかあったのか?」
「え?すみれさん?何がです?」
真下は関心なさそうに書類書きを続ける。
「なんとなく元気なさそうじゃないか?」
「そうですかねぇ、いつもと変わらないと思うけど」
うしろから、
「気になるなら本人に訊いてみればいいだろ」
と和久が青島を突付いた。
「気になんかならないっすよ、元気ないなってちょっと思っただけで」
「そういうのを、気になるっていうんじゃねーのか」
横目で和久を睨んだ青島は、カバンを無造作に置くとすみれの顔を覗き込んだ。
「す・み・れさん。なんか悪いもんでも食った?」
「なんで?」
視界に入った髪の毛を邪魔そうに払いながら、それでも書類に向かって答えるすみれ。
「いや、なんか元気なさそうだからさ」
「なんでそれで食あたりなわけ?失礼ねぇ」
ふくれて青島の方を見る。
「いやな夢見たから機嫌が悪いのっ」
プイッとまた書類に向かった。
「ふーん」
と青島が立ち呆けていると、
「人の心配してる暇あったら、コート脱いだら?」
と、後ろからすみれの声。
青島はそのすみれの声が何故か少し元気になったような気がして、素直にコートを脱いだ。
中西係長からは、すみれはそう言いながら少しニコニコしているように、見えた。

[2000年02月08日(火)]

「年賀状ありがとうございました」
と今さらな挨拶は青島。
「お前からのは干支を間違えてたぞ。今年は辰年だ。ヘビは来年じゃないか」
と応えているのは昨日の情報通り、室井である。
「何言ってんすか。あれは龍なんです。頑張って描いたのに失礼だなぁ」
「失礼はお前だ。名前まで違っていたぞ。しんじの『じ』は治めるじゃなくて、次だ」
「ありゃ・・・すいません・・」
休憩室でコーヒー片手にとりとめもなく話している。
数ヶ月後に配属される室井の親戚のことでまた湾岸署に来たのだった。
用事は早々に終わって、久しぶりに青島と談笑しているのだ。
「青島くんと話してる時は室井さんもちょっと柔らかくなるわね」
と後ろから見ていたすみれ。
「青島を見た途端にここのシワが一本減ってたぞ」
と和久が眉間を指さして言う。
「僕も室井さんと話ししたかったなぁ」
と真下がまだ帰ってもいないのに過去形で言うくらい、二人の中には入りづらかった。

[2000年02月07日(月)]

明日室井が来るという情報が副署長から流れてきた。
なんとなく青島とすみれは嬉しそうだし、真下は緊張している。
「弐号機の方はこねぇのかな」
と頭を掻きながら言っている和久に
「新城管理官は捜査本部でもできないと来ないでしょ」
と真下。
「あっちはこなくてもいいっすよ」
と青島は「あっち」呼ばわり。

[2000年02月06日(日)]

和久が松の盆栽を持って歩いている。
「誰か入院でもしたんすか?」
青島が訊くと
「いや、うちももう置く場所なくなっちまってよ。どっか飾るとこないかと思ってなぁ」
「交通課、いいんじゃないすか?見てくれる人いっぱいいますよ」
「ほら」
と和久が指さした先には、圭子と妙子の前に一つずつ既に置かれている盆栽。
「いったいいくつあるんすか?」
と悲鳴のような声を上げる青島に
「あと二個。お前持ってかないか。インテリアにいいぞぉ」
と眉をヘの字にして言う和久。
「そんな趣味ないっすよ」
と、目をそらしたそこへ
「僕にください」
と言ったのは真下。
「部屋が殺風景で、何か飾ろうと思ってたんですよねぇ」
「おー、坊ちゃんも分かるようになってきたかぁ」
「父も盆栽を趣味にしてますしね」
とか言いながら二人はどこかへ消えていった。
残された青島は少し淋しそう。

[2000年02月05日(土)]

「なにこんなとこでケンカしてんのよ」
と青島が止めたのは、緒方と森下。
胸ぐらを掴み合っていたのを解かれたが、鼻息はまだ荒い。
「で・・・原因はなに」
と訊かれても二人とも肩を弾ませるだけで、お互いにらみ合っている。
「あおしまさん」と後ろから声をかけたのは夏美。
「バドミントンがどうだとか、ヨシダがどうだとか言ってましたよ」
すると
「こいつ、一昨年の試合で勝鬨署の吉田君に負けたんです」
と緒方を指さす森下。
「こいつは去年吉田君に負けたんです」
と今度は緒方が指を指す。
「なに、そんなことでなんで君らがケンカするのさ」
呆れ顔の青島。
「いや・・なんとなく・・」
と二人とも口ごもってしまった。
「ケンカしてる暇あったら、練習して吉田さんて人に勝ったらどうですか?」
と夏美に言われて、顔を見合わせて頷く緒方たち。
二人で並んで練習場へ去っていった。
それを見送る青島。
「なんだありゃ。あれじゃ今年もダメだな・・・」と鼻の頭を親指で掻く。
「そうですねぇ」
と笑う夏美に
「お茶しよっか」と声をかけて、休憩室に消えたのだった。

[2000年02月04日(金)](By えびりょう)

「すみれさん、この方がバッグを盗まれたって来たんですけど。おねがいします」
交通課の圭子が刑事課盗犯係にサラリーマン風の若い男性を連れてきた。
「あ、圭子ちゃん、ありがとう。どうぞ、ここにお掛けになって下さい」
「どうも。ありがとぅざぃます!」
すみれが、青島のデスクのイスに男を座らせる。青島は、まだ来てないようだ。
「で、どこで盗まれました?」
「すぐそこのコンビニの前の公衆電話で電話してる間に、足下に置いてたバッグがなくなっちゃったんですよ」
「・・・(間抜けな奴だなぁと思いつつ)どんなバッグですか?」
「肩に掛ける黒いバッグなんスよ。TUMIってメーカーの奴で、結構気に入ってたんスよ」
「あぁ、あれね。わかりました。落とし物とかで届けられてるかもしてませんので調べてみますね。すいませんが、お名前を?」
男は何故か立ち上がり、
「イシハラユウサク。都知事と同じ名前の、石原です!」
っと言って胸元から名刺を出す。
「?!」
その直後、刑事課全員の目線が、その男に集まった。
「・・・へ?・・・な、なんスか?」
石原という男が脅えるように言った直後、青島がやってきた。
「おつかれ〜ッス」
と、両肩に同じバッグをぶら下げている青島。
「!!」
今度は全員の視線が青島に集まった。
「は? みんなどうしちゃったの? 固まっちゃって」
っと言って、青島がバッグをデスクの上に、二つ置く。
「あっ! そ、そのバッグ!」
石原という男が青島が持ってきたバッグを指さす。
「あぁ、これ? さっき、そこでねぇ・・・」
と、青島が自分の物じゃない方の黒いバッグを見せる。
「あ、あんたが犯人か?」
石原が青島に迫りよる。
「犯人って。んな訳ないでしょ。こう見えてもおれ、刑事だよ」
「じゃ、どうしてそのバッグ持ってんの?」
「これは、そこのコンビニのトイレの中の忘れ物だよ。店員に言ったら警察の方で預かってくださいって言うからさ・・・」
一瞬、刑事課内がシーン静まり返る。
「・・・じゃ、盗まれたんじゃなくって、トイレに置き忘れたのを勘違いしただけ?」
と、すみれが気の抜けた声でいう。
「そ、そうだったんだ。なぁんだ。ハハ・・・お騒がせしちゃって、スイマセン」
石原が笑って謝る。
「なんだぁ。同じバッグ持ってて、いう言葉もソックリで、性格まで似てんのかぁ。お めぇらもしかして兄弟じゃねぇのか?」
と、和久が青島と石原を見て冷やかす。
青島が石原のほうを見ていう。
「ねぇ、きみ。仕事は?」
「はい。湾岸電子機器という会社で営業をやってます。こう見えても営業成績は二年間トップです!」
「・・・お、おれとおなじだ・・・」
青島と石原の会話を聞いて、刑事課一同、唖然とする。
「そのうち、おめぇも刑事になるんじゃねぇのかぁ?」
という和久の石原に対する言葉を聞いて、刑事課全員が納得し、うなずく。
「青島二号の誕生ですねぇ・・・」
と真下が言う。
「・・・ハハ、ハハハハ・・・」
青島と石原が、お互いの顔を見て苦笑する。

[2000年02月03日(木)](ネタ提供:まゆっち)

「青島くんと真下くんもコーヒー飲む?」
すみれが声をかける。
「あぁ、ありがと」「どうもすいません」
ちょうど暴力班係で喋っていた二人。
テーブルに置かれた入れ立てのコーヒーに手を伸ばす。
二人が自分のコーヒーだと区別できるのはコーヒーについた色のため。
「真下くんはミルクと砂糖タップリよね」
「さすがすみれさん。僕の好みを分かってらっしゃる」
「お前、そんなお子様みたいなコーヒー飲んでんのか」
三人同時に口を付ける。
経費節減でエアコンの温度が下がっているためか、カップから口を離して吐く息が白い。
「この方が胃にはいいんですよ」
「なにおじさんみたいなこと言ってんの」
青島はそう言ってまたコーヒーに口を付ける。
「僕も一応中間管理職ですからねぇ。胃が痛むんですよ」
胃のあたりを左手で撫でている。
「青島くんみたいな不出来な部下もいるしね」
とすみれ。
思わず
「えぇ、まったく・・・」
と言いかけた真下を睨む青島。
ギューッと握り潰した紙コップは、既に空だった。
その紙くず玉は、真下のおでこでワンクッションしたあと、ゴミ箱の中で音を立てた。

[2000年02月01日(火)]

「青島くん、こんなのどう?」
「どうしたの?それ」
「ないしょ」
少し重たそうな、それでも片手で持っているのは、猫が枠の外からひょっこり顔を出している灰皿。
「うん、可愛いねぇ。ありがと」
「私はタバコ吸わないしねぇ」
「タバコも挟んで置けるんだねぇ」
猫の顔と枠を掴んでいる右手の間にタバコを挟む。
「白猫、真っ黒にしないでよね」
「悪いけど、明日にはもう灰色猫になってると思うよ」
ちゃんと掃除してやってよね、と言いながら自分の席に戻ったすみれ。
ノンキにタバコをふかしている青島の後ろから
「でもそれはワイルドキャットじゃないわよ」
思わずタバコごと吹き出す青島。
「・・・聞こえてたのか、この地獄耳・・」

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