2000/11の湾岸署
[2000年11月28日(火)]
「先輩、クリスマスは何か予定入ってんです?」
と何気なく尋ねた真下の言葉に雪乃とすみれが同時に反応した。
視線を感じた真下はたじろいだが、青島は全く気付かなかったらしく平然と答えた。
「うん、勿論入ってるよ」
引きつりながら聞き返す真下。
「あ、そうなんですか。どこか行くんですか?」
「へへへん、聞きたいか?」
青島はニヤリと笑って小声になる。雪乃は明らかに、すみれは秘かに聞き耳を立てて聞いている。
「すんごい刺激的な夜を迎えるのさ。朝まで寝られないね」
雪乃の目が見開く。すみれは、微笑んでいる。
「えぇ!デートですか?あ、美香先生でしょ、そうでしょ。いや、他に誰かいるんですか?紹介してくださいよ」
まくしたてる真下。
「青島君にそんな人がいるわけないでしょ」
すみれはそう言うとどこかへ行ってしまった。
「だって・・・」
と言いかける真下に、青島。
「お前がスケジュール調整したんじゃないのか?」
「あ、はい。課長に言われてやりましたけど・・・あっ」
「お前、たまに抜けてるよね」
とタバコの煙で輪を作って遊んでいる青島。
「そうだ。クリスマスは魚住一家がフィンランドに帰るんで、先輩夜勤でしたね」
「そうだよ。今頃気付いたか」
「そりゃあ朝まで寝られないわけだ・・・」
「でなぁ、今から言っとくけど、来年は俺だってクリスマスは忙しいはずだから、夜勤なんてやんねーかんな」
「はいはい。しっかり開けときますよ」
と、真下。
いつの間にか向こうの雪乃も笑顔に戻っているのだった。
[2000年11月27日(月)]
「お、青島。そろそろ飯にしねーか」
トイレから帰ってきた和久が声をかけた。
青島が顔を上げて時計を見る。
「あ、もうこんな時間か」
一度大きく背伸びをすると立ち上がってコートを手に取った。
「今日は何にしましょうかね」
「そうだなぁ。寒いし、ラーメンなんかいいんじゃねぇか?」
「いいっすねぇ」
和久がエレベータのボタンを押す。
「おめぇのコート、色変わったなぁ。買い換えた方がいいんじゃねぇか?」
と青島の全身を眺めて言う。
「この色が出したかったんすから、これでいいんです」
青島はコートの襟を両手で持って言った。
「へぇ。そんな汚ねぇ色にしたかったのかよ」
「汚い・・すかねぇ・・」
自分のコートを見下ろしていると、エレベータが開く。中から一倉とその部下らしき刑事が出てきた。
「事件か?」
話しかけたのは一倉の方からであった。
「いや、飯です」
青島は驚きながら返事を返した。
「そうか。君のそのコートは戦闘服に見えるな」
と言うと、一倉は青島の横を過ぎて行った。
「おい、青島!」
既にエレベータの中にいる和久がドアを押さえて呼ぶ。
振り返って一倉の背中を見ていた青島だったが、その和久の声に慌ててエレベータに飛び乗った。
「一倉さんも普通の話するんすねぇ」
と青島。
「そりゃあ人間だからなぁ」
と和久が返事をしたところで、エレベータの扉が閉まった。
[2000年11月26日(日)]
「なんで薬物対策課がいるんすか。薬物事件なんてありましたっけ?」
青島は隣に立っている和久を肘でつつきながら口を尖らせた。
その質問に答えたのは真下であった。
「彼、あれから刑事部に異動になってるんですよ」
「へぇ、そうなんだぁ」
「そこ、聞いてるか!?」
袴田の怒声が飛んだ。
反応して正面へ向き直した三人を睨んで、話を続けた。
「ということで、一倉管理官がしばらくここの署を使われるそうだ。捜査の邪魔をしないように」
一瞬青島の眉間が歪む。
と同時に、青島の視界の端で雪乃がうつむいてるのが見えた。
一倉が口を開く。
「そういうことでここを捜査本部として使わせていただくが、君たちは通常業務を続けてくれればいい」
そこまで言うと青島と目が合った。
「青島刑事。君は特に気をつけたまえ」
袴田は話が終わったと見て取ったのか
「では、解散」
と、手を叩くと自分は一倉を上の階へ案内して行った。
青島はハァと息を吐くとネクタイの襟元を人差し指で緩めながら言った。
「せっかく久しぶりの対面なのに、なんであんな言い方されなきゃいけないんだ」
「そりゃあねぇ。あれだけ大暴れされりゃ僕でもそう言いますよ」
真下はドッカリと椅子に腰掛け応えた。
「それにしても、何しに来たんだ」
タバコの空き箱をくずカゴに投げ入れる青島。
「おめぇほんとに聞いてなかったのかよ」
と和久。
青島はえぇと苦笑いしながら新しいタバコを開けてくわえている。
和久は呆れ顔で真下を見て、あごで青島を指し示した。
真下が説明する。
「新宿で起こった発砲事件で使われた銃の入手先がうちの管轄内にあるらしいんですよ。裏付けとって一気に踏み込むんですって」
「ちゃんと聞いとけぇ」
と和久が怒るのも耳に入らないか、そのまま天井を睨みつける青島。
「一倉さん・・かぁ・・・」
と、呟くのだった。
[2000年11月24日(金)]
「パパ、早く早く!」
と女の子が後ろを手招きしている。
「ちょっと待てよぉ」
とヨタヨタ走ってきた父親はようやく女の子に追いつき、手を繋いだ。
それを横目で見ている青島と真下。
「家族サービスですかね」
「だろうねぇ。有給取って四連休かな」
「いいですねぇ。普通の会社は」
「まぁねぇ。休みはまとめて取られるけどねぇ」
真下は手を挙げたが、そのタクシーは回送のプレートを出して目の前を走り過ぎる。
「先輩は子供が出来たらパパですか。お父さんですか」
挙げた手をゆっくり下ろしながら真下が訊く。
「うーん。どうだろうねぇ」
青島はしびれが切れたかタバコに火を付ける。
「パパって顔じゃないけどねぇ。でも子供には『ゆかりちゃーん、パパだよぉ』とか言いそうだな」
両手を顔の横でヒラヒラさせながら応える青島。
「ゆかりちゃんなんですか」
「いや、なんとなくね」
「分かった。初恋の人の名前でしょ」
「・・・うるさいよ」
再び二人の前をタクシーが過ぎる。
「あっ、ほらちゃんと見とけよ。空車だったぞ」
「え?お客乗ってましたよ?」
「空車だったぞ、赤かったもん」
「えー?乗ってましたって」
「どっちでもいいや。歩くか」
「ここから歩くと次のとこは1時間かかりますよ」
「そっか」
青島は一度寒空を睨むと、コートの襟を両手で直して背中を丸めるのだった。
[2000年11月21日(火)]50万ヒット記念五次元企画
「ただいま帰りましたぁ」
とコートを脱ぐ青島。
いつものように鞄と一緒に机の上に投げようとすると、茶封筒が乗っているのを見つけた。
「うん?なんですかね、和久さん」
と横を向くが和久は席を立ってどこかへ向かっていた。
「・・・・」
仕方なく電灯に透かしてみたりしたが何も見えないのを確認すると
「こりゃ和久さんのかな」
と、封筒を和久の机の上に置いた。
ようやく席に着こうとするが、中腰のままポケットをまさぐり
「あ、いけね。タバコ切らしてたんだ」
と言うと、そのまま廊下へひょこひょこと出ていくのであった。
「あぁ、やれやれ」
ポンポンと肩を叩く和久。
「指導員だってのに何で書類書きなんかしなきゃいけねーんだ」
と文句を言うが
「指導員だって刑事なんです。仕方ないですよ」
と真下にたしなめられた。
「おぼっちゃんに説教されたんじゃ俺も終わりだな。引退だ引退」
などと言っていると青島が─ただ今帰りましたぁ─と帰ってきた。
「先輩からも説教してもらうといいですよ」
と真下に笑われたが
「お前ら老人を労る気持ちはねーのか。あぁお茶もねぇしなぁ、お茶くみまで自分でしなきゃないねーのかよ」
などとブツブツ言いながら空の茶飲みを持って給茶器に立つ。
ちょうど立っていたすみれが
「あ、和久さんあたしが煎れますよ」
と手を出したが、魚住から
「ちょっと、すみれさん」
と呼ばれて、そのまま行ってしまった。
「・・ったく」
とそれを見送り結局自分で煎れる和久。
皆忙しそうにしているので文句を言う相手もなく黙って席に戻ると、机の上に封筒が置いてあるのに気付いた。
「なんだ、こりゃ」
とひっくり返して眺めたりしたが、真下がすみれと話しているスキにそっとその手元に置いて、お茶を美味しそうにすするのであった。
「忙しそうね、真下君」
とコーヒー片手のすみれに言われて
「なんだか書類が多くて・・。うちはデジタル化しないんですかね」
とひたすらペンを走らせる真下。
また一枚書き終わり
「よし」
と印鑑を押す。
「いっちょあがり」
と横によけ新しい書類に手を出そうとすると、同じく書類書きしていた和久が文句を言い出した。
「指導員だって刑事なんです。仕方ないですよ」
と言うが、それに対して怒られる真下。
何と返そうか考えていると青島が帰ってきた。
「先輩、和久さんが・・」
と声をかけるが青島には聞こえていないらしい。
再度声をかけようとしたが、逆に自分がすみれから声をかけられた。
「魚住さんが大事な書類無くしちゃったんだって。知らない?」
机の下に潜って
「いや、大事というわけじゃないんだけどね。いや、大事か・・」
とこもった声で応える魚住。
「署内で落としたなら警務課に届いてるんじゃないですかねぇ」
と真下が言うと魚住は机から顔を出し、
「あ、そうだね」
と、飛び出ていった。
それを見送り書類書きを続けようと視線を戻すと、さっきまで無かった封筒が置いてある。
「ん?なんだこれ?」
と、顔を上げるとすみれは自分の席に戻るところだった。
仕方なくそのまま雪乃の机に置き、仕事に戻る真下であった。
「青島さん、お出かけなんですか?」
雪乃は階段の踊り場で青島とすれ違った。
「あ、おかえり。いや、タバコ切らしちゃっただけ」
と青島は片手を挙げて降りていった。
それをしばし見つめたあと階段を上がろうと振り返ると、今度は魚住が走って降りてきた。
「あ、雪乃さん・・・いや、今帰ってきたなら知らないか・・」
とハァハァ言いながら一人で喋ると、そのまま降りていってしまった。
「?」
一瞬キョトンとした雪乃だったが、そのまま階段を上がり刑事課に戻る。
ちょうど入り口にはコーヒー片手のすみれがいた。
「あ、おかえりぃ」
とニッコリ言われ
「ただ今帰りましたっ」
と元気に返す雪乃。
そのまま席に着こうとするが、机の上に封筒があるのを見つけた。
「これ、なーに?」
ちょうど雪乃を見ていた真下に尋ねる。
「いや、なんか僕のところにあってね。雪乃さんのでもないんだぁ」
と言われ、仕方なく魚住の机の上に置いたのだった。
「青島くーん」
と弱い声で魚住は声をかけた。
「うん?どうかしました?」
タバコの封を開けていた青島は、ゴミをゴミ箱に捨てながら聞き返した。
「いやね、大事なもの落としちゃったみたいでね」
少しハァハァ言っている魚住。
「警務課に届いてないかと思ったんだけど、ないみたいでね・・・」
「なんです?」
「このくらいの封筒なんだけどさ」
と両手で四角を書いてみせる。
「うん?さっき見ましたよ?」
と青島。
「え?ほんと?どうした、それ?」
慌てて訊く魚住。
「和久さんの机の上に置いておいたけど・・」
「あ、ありがとう!」
魚住は急に元気になり階段をかけのぼった。
刑事課に入ると真っ先に和久に尋ねた。
「和久さん、ここに封筒なかったですか?」
「あん?」
突然話しかけられ、お茶を吹き出しそうになる和久。
「いや、真下んとこに・・」
と指さすが、今度は真下が
「僕のところから雪乃さん経由で、今自分の机の上ですよ」
とそれぞれ指し示した。
「!!」
自分の机に飛びつく魚住。
「あったぁ!」
と嬉しそうにしている。
「なになに?」
戻ってきた青島と、刑事課全員で覗き込む。
封筒を開けると、絵が出てきた。
「あ、魚住さんだ」
すみれが最初に気が付いた。
クレヨンと水彩絵の具で魚住の顔が描かれている。
「えへへ、娘がね、描いてくれたんだ」
照れる魚住。
「なんでそんなの持ってきてんですか」
と真下。
「いや、今朝慌てて鞄に入れてきちゃったみたいで・・」
と魚住は頭を掻いた。
それからしばらく魚住の絵を囲んで温かくなる刑事課であった。
[2000年11月20日(月)]
「おい青島」
と声をかけられて顔を上げた青島は思わず叫び声を上げた。
「室井さん!」
黒のコートに身を包んだ室井が立っている。
「どうしたんです?」
と席を立つ青島。
「いや、近くに来たからそのついでだ。元気にやっているのか」
相変わらず静かに応える室井。
「見ての通り元気元気。時間、あります?」
と時計を指さしながら尋ねる青島。
「そうだな。あとは戻るだけだから急いではいない」
鞄をポンと触って答える室井。
「じゃ、コーヒーでも」
と二人は奥へ消えていった。
始終を見ていたすみれと和久。
「珍しいわね、室井さんが寄るなんて」
「一段とここがパワーアップしてんな」
と和久は眉間を指さし、笑った。
「いろいろ苦労してるんでしょ。閑職に着かされるよりはいいわよ」
とすみれは微笑んだ。
二人で休憩室の方を見ると
「そう言えばいつ僕に自動販売機買ってくれるんすか」
という青島の笑い声が聞こえてきたのだった。
[2000年11月19日(日)]
「魚住さん魚住さん」
すみれが何故か囁き声で寄ってきた。
「なに?」
書類書きしていた魚住は手を休めて顔を上げる。
「言いにくいんだけど、さっきそこで奥さんに会ったわよ」
まだ小声である。
「あ、そう」
魚住は背もたれに体重をかけてノビをしている。
「それがね、なんだかかっこいい男の人と一緒だったのよ」
小声で叫ぶすみれ。
「あ、そ。ところですみれさん、これ」
と魚住が出したのは洋菓子の詰まった箱。
「わぁ、ありがとう」
と今度は素の声を出し、嬉しそうに菓子を一つつまんだ。
「アンジェラからの差し入れだよ」
と、もう一つ箱からつまみすみれに手渡す。
「あ、それでか・・」
と言いながら、すみれは菓子を口近づけたが
「あ、でも男の人と一緒だったのよ」
と慌てて言って、やっと菓子を頬張った。
「あ、あれは仕事の人だよ。今通訳やってて、近くに来たから寄ってくれたんだ」
と魚住は今度はコーヒーを手渡した。
それをひとすすりすると
「なんだ、知ってたの」
とホッとするすみれ。
「前にひと騒動あったからね。どういう仕事してるのかちゃんと聞いてるんだよ」
と魚住。
「さっすがぁ」
とすみれが笑うと
「ふふん。当然だよ」
と魚住もニッコリ笑って、再び書類書きに戻るのであった。
[2000年11月17日(金)]
「最近・・・」
真下は自分のお腹を見た。
「気になってきたんですよねぇ・・・」
寂しそうな顔をしている。
「なんだ、鍛えないからいけないんだ」
青島は昼食のパンを頬張りながら答えた。
「先輩は鍛えてるんですか?」
「あぁ、毎日走ってるよ」
「へぇ、凄いじゃないですか。何キロくらい?」
「68キロだよ。ちょっと痩せたから67キロかな」
「なんですか、それ」
「体重」
「何言ってるんですか、走ってる距離ですよ」
「さぁね。うちから駅まで。あれ、何キロくらい?」
「ただの通勤じゃないですか」
「でも走ってるよ」
「ギリギリまで寝てるから走らざるを得ないだけでしょ」
真下はそういうと青島のコーヒー牛乳を奪って、一口飲んでやったのだった。
[2000年11月15日(水)]
「あぁ、ひでぇ世の中だな」
広げた新聞の向こうから和久がうなり声をあげた。
「同じ党の人間同士で足引っ張り合うなんざ、世も末だな」
と新聞をたたむと、茶をすすった。
「何言ってんすか」
青島が椅子を滑らせて和久に寄った。
「うちなんてもっと前からじゃないっすか」
「うん?」
「本店と所轄で足引っ張り合って、捜査が進まないったらない」
和久は笑ってたたんだ新聞で青島の頭をポンと叩いた。
「ばーか。引っ張ったり引っ張られたりしてんのはお前だけだよ。俺たちゃ立派に兵隊やってらぁ」
青島は椅子に深く背もたれながら横目で和久を睨んだ。
「立派な兵隊は誘拐事件にしゃしゃり出て犯人に見つかったりしないっすよ」
「うるせーな。時効だ時効」
「誘拐事件の時効にゃまだ十何年ありますよ。ダメダメ」
笑いながら椅子ごと逃げていく青島。
それを叩こうとした和久は空振りし、あやうくお茶をこぼすところであった。
[2000年11月14日(火)]
「あーおしーまさん」
「あ、真行寺さん、何やってんですか」
真行寺は自転車から飛び降りた。
「何やってるも何もないわよ。今日ねここのスーパーでバーゲンだったのよ。ほらこれ見てよ、ティッシュ五箱で200円なのよ、買わない手はないでしょ?
それにバーゲン終わったと思ったら今度はタイムサービス始まっちゃって、これお肉よ。今夜はすき焼きでもしようとおもってね。
最近寒くなったからお鍋いいわよねぇ。そういえばこの前お鍋とろうと思って戸棚に手をかけたら蓋が落っこちてきちゃってさぁ、見てよ手切っちゃったわよ。まったくやぁねぇ。
あ、こないだうちのお隣引っ越してったんだけど、青島さん来ない?隣が刑事さんだと安心できるしさぁ。
あ、でも青島さんじゃ無用な騒ぎに巻き込まれそうね。やっぱりいいわ。
じゃ私は急ぐから、青島さんも頑張ってね。あ、で、なにやってんの?」
「あ、これから署に・・・」
と言いかけたときには真行寺の自転車はベルを鳴らしながら進み始めていた。
「なんだありゃ・・・」
青島は、自分が喋ったわけでもないのに妙に口が渇いたのだった。
[2000年11月13日(月)]
「青島さんはどこから洗います?」
「は?」
突然雪乃に訊かれて戸惑う青島。
「何が?」
タバコを持った手で頭を掻きながら雪乃の机を覗き込むと雑誌が開かれていた。
「お風呂占いですよ。最初にどこを洗うかでその人の性格が分かるんですって」
「ふーん。そうだなぁ・・」
タバコをくわえて天井を見ながら思い出す青島。
「左手・・かな。うん、左腕だね」
と腕をこする動作をする。
「左腕・・ねぇ」
と雪乃はページをめくり
「あ、あった。・・・なるほど」
一人で頷く雪乃。
「なになに、何だって?」
覗き込む青島。
「当たってますよ。えーと『正義感が強いですがその分融通が効かないことも。自分の信じた道を突き進みますが、それが合っているとは限りません。人の話をよく聞き考える能力が欠けています。ラッキーカラーはグリーン』ですって」
と雪乃はニッコリ笑う。
「ですって、じゃないよぉ。非道いじゃないか。人の話をよく聞きましょうって、通信簿じゃないんだから」
すねる青島に
「通信簿にも書かれたんですね」
と雪乃は笑った。
「あ、ばれちゃった」
と苦笑する青島だったが
「ラッキーカラーはグリーンなんだな。よしコート着て運を呼び込むぞ」
と気合いを入れてタバコを灰皿に押しつけた。
しかし雪乃に
「でもあのコートもだいぶ変色してグリーンじゃなくなってきましたよね」
と突っ込まれ、
「じゃあこれから染めなきゃ」
と、笑う青島であった。
[2000年11月10日(金)]
「うぅっ、さびっ」
森下は片方の手でもう一方の腕をさすりながら、パトロールを続けた。
空き地の横を過ぎようとした頃、木の柵の向こうからなにやら聞こえてくる。
「?」
それが耳に入った森下は、自転車のブレーキをかけた。
スタンドを蹴り上げて耳を澄ます。
「お?」
小さな声でミャーと聞こえる。
その声を頼りに柵越しに草をかき分けると段ボールが見えた。
ダラリと開いた蓋を頼りにたぐり寄せると、中で子猫が丸まって震えている。
「おぉ、よしよし」
と声をかけながら抱き上げる。
「捨てられちゃったか?」
と言いながらキョロキョロ見渡すが誰もいない。
「仕方ない、連れてくか」
と胸元に子猫を入れると、襟元からちょこんと顔を出した。
「こんなに可愛いのにひどいことする人もいるもんだねぇ」
と子猫の頭を撫でると、再び自転車に跨る。
スピードがあげられないのでゆっくりとペダルを漕いでいると、後ろから
「あっ、いないよ!」
と子供達の叫び声が聞こえた。
振り返ると先ほどまで子猫がいたところで小学生の一人が牛乳パックを抱え、残りの数人が草をかき分けていた。
森下は急いでUターンすると子供達に近づいた。
立っていた子供がその森下の胸元を見て
「あ、いたよ!いたいた!」
と嬉しそうに皆に声をかけた。
森下は自転車を降りると
「君たちのネコかい?」
と訊きながら胸元から子猫を出し、子供達にそっと手渡した。
「ううん。帰りに見つけたんだ。ミルク持ってきてあげたんだ」
と一人が答える。
その後ろでは子猫にミルクをやっているのが見える。美味しそうに舐めている。
「で、どうするんだい?」
と森下が訊くと
「学校のね用務員さんが飼ってもいいって。夜一人で寂しかったんだって」
と少年は嬉しそうに答えた。
「里親を見つけてあげたんだね」
と森下も嬉しそうに返したが
「さとおや?さとおやってなに?」
と子供は首を傾げた。
「いや、いいんだ。じゃあこれからも可愛がってあげてね」
と言うと、森下は自転車の向きを変え、歩き出した。
ニャアという鳴き声と、それを聞いて歓声を上げる子供達の声が聞こえてくる。
「世の中も、捨てたもんじゃないねぇ」
と空に向かって言うと、自転車にまたがりペダルを力一杯踏み込む。
それから森下の鼻歌は、署に着くまで続いたのだった。
[2000年11月08日(水)] (投稿:夢美さん)
「青島さん、居ますか?」
刑事課の入り口で、緒方がキョロキョロしている。
「え、先輩?あれ?さっきまで居たんだけど・・・すみれさん知りません?」
と、真下はすみれに尋ねた。
「え?青島くんなら和久さんと聞き込みに行ったけど」
「そうですか・・・あ、じゃあお帰りになったらこれ渡してもらえますか?」
緒方はそう言うと手にしていたものをすみれに渡し、刑事課を出て行ってしまった。
「え、ちょ、ちょっとぉ〜!もう!置いて行っちゃった・・・」
「すみれさん、何ですかそれ?」
と、怪訝そうに聞く真下。
「え?青島くん宛の手紙みたいよ」
「誰からですか?」
興味津々な顔の真下。
「えっと、富樫・・・輝男?誰だろぉ?」
「誰でしょうねぇ〜?」
そこへ青島と和久が帰ってきた。
「只今、帰りましたぁ〜〜!」
と青島。
「あ、お帰りなさい。ご苦労様です」
真下が出迎える。
「ご苦労さまの毎日だよ・・・」
腰をトントンたたきながらイスに座る和久。
「青島くん宛に、手紙が届いてるわよ」
と、すみれ。
「俺宛の手紙?」
「青島くん、富樫輝男って誰?」
「ああ、俺の従兄弟だよ」
「え、青島くん従兄弟居たの?」
「ええ、まあ従兄弟くらい誰でもいるっしょ」
と言いながら、手紙を読む青島。
「で?なんですって?」
と覗き込もうとする真下に
「なんでおまえに話さなきゃいけないの」
と隠す青島。
「速達みたいね」
と言うすみれに、青島。
「なんか、結婚するみたいっすね。へぇあいつがねぇ〜」
「・・・・」
青島に文句を言いたそうな、真下。
「あ!友人代表で一言話してくれって書いてある!!」
「お、青島おまえ結婚式に招待されたのか?」
と、和久。
「え〜、青島くんスピーチなんか大丈夫なのぉ〜?」
と、すみれ。
「えー!!スピーチぐらい大丈夫ですよぉもう、バッチリです!!」
と言うのと裏腹に青島の顔は引きつっている。
「青島おめぇ、タキシードとか持ってんのか?」
「もちろん、レンタルよねぇ。青島くん」
「タ、タキシードぐらい・・・持ってますよ!!」
とまた冷や汗の青島。
そこに、雪乃。
「青島さん、結婚式?」
「そうなんですよ!しかも、スピーチなんかもするんですよ?」
「何が言いたいんだ?」
と青島。
「でも青島さんってタキシード似合いそうですよね」
と想像する雪乃。
「えぇ?そうですかぁ?」
と不満顔の真下。
「ええ。絶対似合いますよぉ。青島さんは」
と雪乃。
「そ、そうかなぁ」
と、照れる青島。
面白くなさそうな真下とすみれ。
「真下さんだと、馬子にも衣装ですもんね?」
と、止めを刺す雪乃。もちろん悪気はない。
「・・・・・」
益々、落ちこむ真下。
[2000年11月07日(火)]
「せんぱーい」
真下が暇そうに話しかけた。
「なんだよ」
書類を書きながら返事をする青島。
「あのほら、今度始まるテレビあるじゃないですか」
「テレビ?俺あんまり見ないから番組とか言われても分からないよ」
「番組じゃないですよ。あれですよ。BSデジタルなんとかってやつ」
「BSデジタル放送だろ?なんで一番簡単な単語が欠落してんだよ」
キリがいいところまでいったのか、青島はペンを置いた。
「そうそう、それそれ。うちの署には入らないんですかねぇ」
「なんでよ。何かいいことあんのか?捜査しなくても逮捕出来るとか」
「先輩は捜査したって逮捕したことないじゃないですか」
「うるさいな。で、なんなのよ」
青島は空になったタバコをくしゃくしゃにするともう一つポケットから出して封を開け、無造作に火を付けた。
真下は煙を手で払いながら続けた。
「あれ、知ってます?リモコンでクイズに参加出来たりするんですよ。面白いじゃないですか」
「そんなもん家でやれよ。それにお前考えてみな。うちの署、これだけテレビがあんだぞ」
青島が手を回すのに釣られて真下は室内をぐるりと見渡し、テレビの位置を確認した。
「このテレビごとにうちの刑事がリモコン持って立ってたら、怪しい警察署になっちゃうじゃないか」
真下は声を立てて笑った。
「それにしても・・」
青島はタバコの煙で円を描いた。
「なんでうち警察署の癖にこんなにテレビがあんの?」
「さぁ・・・」
二人でしばらく首をひねるのだった。
[2000年11月06日(月)]
真下である。
「雪乃さん」
「はい?」
「コーヒー、一緒に煎れましょうか」
「あ、私はいいです。これがあるから」
と雪乃は水筒を軽く上げて見せた。
「なんです?それ」
「うーん、健康飲料ってやつ?ほら、カフェインってあまりお肌に良くないでしょ?」
「へぇ。なんだかおばちゃんみたいですね」
「ま、失礼ね。若いうちからこういうのはしっかりやっとかないといけないんですっ」
雪乃は怒りながら水筒の蓋を開けた。
「でも雪乃さんは何もしなくても綺麗ですよ」
と真下は真面目に返したが
「おばちゃんみたいなんて言った癖にぃ」
と雪乃は笑って、そのドリンクを飲むのだった。
[2000年11月05日(日)]
「あ、やっと撤収ですね」
真下は廊下を走る本庁の刑事達を見て、魚住に言った。
「あとは本店で作業続けるみたいだよ。裏付けやってるのも本店の刑事だけだしね」
と魚住は応えた。
「いつまでもここにいるの肩身狭いんですかね」
と真下は笑いかけたが、新城が歩いてきたのを見つけて口をつぐんだ。
新城は真下の前に立ち、訊く。
「青島刑事と和久指導員はいるか」
「い、いや、外に出てますけど」
真下は窓の外を指さしながら応えた。
「そうか。なら、いい」
いつものように喝舌よく言うと、そのままくるりと踵を返し、他の刑事と一緒に去っていった。
それを見送る二人。
「何を言いたかったんでしょうかね」
「また嫌味でも言うつもりだったのかな」
「今回は先輩も何か大騒ぎしたわけじゃないし、お礼を言われても文句言われることはないと思うんですけど」
「新城さんがお礼なんて言うと思うかい?」
「やっぱり?」
二人が目を見合わせて笑うと、青島と和久が戻ってきた。
「先輩。新城管理官が呼んでましたよ」
青島はコートを脱ぎながら応える。
「あ、そこで会ったよ。うん」
「何か言われました?」
「あぁ・・まぁな」
軽く笑い和久を見たが、和久はとうに席に戻って自分の支度をしている。
「何言われたんですか?」
真下は興味深げに訊いたが、青島は
「まぁ、いいじゃないか。今回の事件での所轄の仕事はおしまいってことだよ」
と笑って、持って帰ってきた缶コーヒーの蓋を開けた。
真下も魚住も
「あぁ、終わりですね」「終わりだね」
とそれぞれになんとなく笑ってみた。
青島の吐いたタバコの煙は、他の二人の分もコーヒーを煎れに走る真下に、掻き消されたのだった。
[2000年11月04日(土)]
「悪かったなぁ」
「いや、別にいいっすよ。俺は非番だったわけだし」
「でもなぁ・・・」
「和久さんが気にすることないっすよ」
青島と和久である。
「で、あったか?」
「いや、全く。そっちは?」
「ダメだ。こう濁ってちゃあなぁ。何色だっけ?」
「紫色のはずだけど・・。もう変色しちゃってるだろうからアテになんないすよ」
二人は川の中程で川底をさらっていた。
話しはしながらだが、川さらいの手もしっかり動いている。
「それにしても新城さんもひどいっすよね」
「何がだ?」
「せっかく被疑者しょっ引いたのにすぐさま裏付けに回されちゃうし」
「あぁ、まぁなぁ」
「それも今回凶器ならともかく、凶器を入れてた袋でしょ?」
「袋の色しか覚えてない害者もいたんだから、仕方ないだろ」
「大いばりで来た癖に本店の連中なんてなんにもしなかったんだから、あいつらにやらせればいいんすよ」
「あいつらはあいつらで被疑者が辿ってきた足取りを地道に追ってるよ。こっちは袋が見つかれば仕事終わりなんだから、一応温情なんだろ」
「温情ったって、俺一人じゃないすか。聞きました?『お前は登山してきたくらいだから力が余ってるんだろう。いい仕事をやろう』って、こうですよ?」
青島は新城の口真似をして訴えた。
「だから俺も手伝ってやって・・・あ・・おい青島ぁ」
「はいはい」
「はいは一回でいいんだよ。ほれ、見てみろ。これじゃねぇか?」
和久のショベルの先に、茶色に変色した細長い布がぶら下がっていた。
「お、和久さんお手柄ぁ」
「手柄はお前のもんだ。せっかく犯人捕まえたのに、俺が職質かけたことになっちゃったしなぁ」
「だからそれは、俺非番だったんだから仕方ないんですってば」
「まぁいいや。予定より早く終わっちまったな。どうだ、ダルマでも行くか。奢るぞ」
和久は呑む手つきをして笑った。
「えぇ?このうえ和久さんの説教聞かなきゃいけないんですか?」
青島はイヤそうな顔はして見せたが、笑っている。
「バカ。奢ってもらうんだから説教聞くくらい安いもんだろ」
「はいはい」
「はいは一回でいいんだよ」
二人は笑って、同時に川岸に足をかけた。
[2000年11月03日(金)]
青島は袖をめくって時計を見た。0時を回ったところである。
「よっし、夜は長いか」
とコートのジッパーを引き上げてポケットに手を突っ込んだ。
視界の端に自動販売機が映り、赤く「あたたか〜い」と書かれているコーヒーに目がいった。
その時、その前を影が一瞬遮った。
身構える青島だったが
「おい」
と声をかけられて、ふぅと息を吐いた。
「和久さーん」
「お、差し入れだ。肉まん。あったかいぞ」
近づいてようやく姿が見えた和久の手には白い袋が握られていた。
「あ、ありがとうございます」
渡された袋の中から早速一つ取り出し頬張る青島。
「どうだぃ」
「イヤ、全然」
「ほんとにここに来るのかよ」
「俺がぶつかったのはこの辺なんすよ。他にアテもないですしね」
「ほんとに適当だなぁ」
「天性の刑事の勘と言ってください」
「勘で犯人が捕まりゃ刑事はいらねぇよ」
「あはは・・」
と笑いかける青島だったが突然何かに気付き和久を陰に引き込んだ。
「な、なんだっ」
思わず声をひそめる和久。
「ビンゴ・・・」
青島は不敵に笑った。
和久が目を凝らすと暗闇に長髪のスーツ姿の男が立っているのが見えた。
手には長い棒を持っているようだ。
その横から青島が近づいていく。
「あのぉ・・」
と声をかけたのは青島だ。
一瞬男はビクッとして、そのままうつむいてしまった。
青島は内ポケットに手をやり
「わたくし、湾岸署のあお・・」
と言いかけたが
「すいません!私がやりました!」
と男の叫びがそれを遮った。
「へ?」
拍子抜けする青島。
「あ、え、その、私がやりました」
男の前髪が大きく揺れた。
そうして事件は突然終わった。
[2000年11月02日(木)]
「何やってんだ、あいつ」
と和久は何やらゴソゴソとリュックに詰め込む青島を指さした。
その青島に魚住が訊く。
「青島くん、今日は非番じゃなかったっけ?」
「そうっすよ」
私服の青島は作業を続けたまま声だけで返事した。
「じゃ、なにやってんの?」
「見て分かりませんか?」
と言いながらリュックを担いで立って見せた。
「分かんないねぇ。登山?」
「ダメだなぁ、張り込みっすよ。はーりーこーみ」
「張り込み?」
キョトンとする魚住の代わりに和久が出る。
「おめーそれ、張り込み資材か・・・外張り用か。課長の判がいるだろ。よく押したな・・」
と袴田の席へ振り返るが、席は空である。
「課長は出張中なんすよ」
青島は自分の鼻を親指で撫でながら、楽しそうに答えた。
そこへ真下が走ってくる。
「先輩っ、ほんとに合コンの件、頼みますよ」
はいはいという青島の返事と和久の質問が重なった。
「それでおめぇ、何を張り込むんだ?」
青島は笑って答えた。
「よく分かんないっすけど、怪しい奴です。例の事件の」
「怪しい奴?そんなやつともおめぇ知り合いなのか?」
「も、ってなんすか。見かけただけっすよ。とりあえずもう一度会ってみたいなぁと、そゆことです」
「そんなこと、非番の時やれよ」
「だから非番なんですってば」
「あ、そか」
とひとしきり無駄な会話をすると、刑事課を出ようと青島は一歩踏み出す。
しかしそこで止まってしまったのは上から降りてきた新城が前にいたからである。
「なにやってるんだ」
新城が訊く。
「いや、なにって・・あぁ、登山です」
「こんなところに山はないぞ。どこか遠くへ行ってやれ」
「はい、そうします」
と青島は小さくなって出ようとするが後ろから
「何やってもいいが捜査の邪魔だけはするな」
と釘を刺されて首をすくめるのだった。