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2000/07の湾岸署

[2000年07月31日(月)]

「うちの波子がね、なんか様子がおかしいんだよ」
「課長こそおかしいすよ」
袴田と青島が向かい合っている。
「オレと向かい合って座るなんて、どうしたんすか」
「今まで無かったのに最近外泊することが多くてねぇ」
「はぁ」
「青島君なら若い娘の気持ちが分かるかと思ってねぇ」
「はぁ」
「どうだろうか」
「どうだろうかってねぇ・・・」
タバコをもみ消した。
「彼氏が出来たんじゃないんですか?無断外泊っすか?」
「いや、母親には言って出てるみたいだけど」
「じゃあいいじゃないすか。帰ってくるんでしょ?」
「あぁ帰っては来るよ。でもなんだか僕の目を避けるみたいなんだよねぇ」
眉毛が斜めになっている。
「そのくらい、年頃なんだからぁ。なんでもベラベラ喋る娘の方が珍しいんですよ」
「そうかねぇ」
「今まではどうだったんすか?」
「いや、あまり話しはしなかったけど・・」
「ほらね」
「しかしねぇ、君・・・」
そこへすみれが通りかかる。
「ダメですよ課長。青島君に女の子の気持ちなんて分からないんだから」
「失敬だなぁ」
反論しようとする青島だったが、
「女の子理解してるなら、いまだに彼女いないなんてことないのよ」
とすみれに笑われ、何も言えなくなってしまったのだった。

[2000年07月30日(日)]

「この時期は盗犯係忙しいんだねぇ」
今日の青島はすみれの手伝いである。
「夏休みの学生がハメはずしすぎて万引きとかすんのよね」
すみれは涼しげに答えた。
「それにしても・・」
青島が不思議そうな顔をして訊いた。
「すみれさん、夏でも白いよねぇ」
「いろいろ気にしてるのよ。女の子だから」
「女の子・・ねぇ」
「なによ、文句あんの?」
「いえ、別に」
そっぽを向いて誤魔化す青島。
「青島君は冬でも黒いわよね」
「いろいろ気にしてるのよ。男の子だから」
「何を気にしてるのよ」
「今日の晩ご飯はカツ丼にしようか天丼にしようか」
「あらあらそれは大変ですわねぇ」
と、二人を乗せたタクシーは現場に向かうのだった。

[2000年07月29日(土)]

「署長」
夜になってすっかり暗くなった窓際で、秋山が呼ぶ。
「なんだね、ボーッとして」
と言いながら一緒に窓際に立つ神田。
「お、綺麗だねぇ」
「ですね」
「あの子は誰だい。小学生かな、いや中学生か」
「愛ちゃんと言うそうですよ。すみれくんや雪乃さんが仲良いみたいです」
「そうかね。秋山君、我々も見習わなければいけないねぇ」
「と言いますと?」
「鈍いねぇ君は。あのように地域社会と親しんでおけばだねぇ」
「あっ、なるほど。さすがは署長!」
「何か不正があったときにもそれほど非難されないかもしれないじゃないか」
「・・・・はぁ」
「それにしても、夏って気がするよねぇ」
「おっしゃるとおりで・・・」
窓から見える駐車場では、女の子と刑事課の一同が花火で遊んでいるのだった。

[2000年07月28日(金)]

「先輩、届きました?」
「なにが?」
太陽を睨みながら現場に向かう青島と真下。
「やだなぁ、暑中見舞いですよ」
「あ、あれね。届いた届いた」
「どうです?」
「どうってねぇ。なんで暑中見舞いが雪山なわけ?」
「ちゃんと写真見てないんですね」
「見たってば。雪山だろ?」
「違います。あれはダムなんですっ」
「ダム?」
「今度映画で出るダムなんですよ。ホワイトなんとかって映画。知りません?」
「知らないなぁ。ホワイトなんとかじゃますます分からないよ」
「ダメですよそんなことじゃ。和製ダイハードって前評判すごいんですから」
「へー。だってオレテレビ見ないもん」
「なんだぁ、見舞い甲斐がないなぁ。返してください」
「なんだそりゃ。そういえば、オレのは届いた?」
「いや、まだ届かないですけど?」
「そうだろうねぇ。送ってねーもん」
「なんですかそれは」
「字下手だからさぁ、手紙って苦手なのよねぇ」
「あんなに始末書書かされてるのに?」
「うるさいよ、おまえ」
そんな二人にいつまでも、日差しは降り注ぐのだった。

[2000年07月27日(木)]

「新城さんは?」
帰ってきた青島がおそるおそる訊く。
「だいぶ前に資料まとめて帰ってったぞ」
答える和久。
「裏付けは?」
「さぁなぁ。そろそろ真下戻ってくるだろうから訊いてみろよ」
と、ちょうど真下が帰ってきた。
「ただいまぁ」
と汗を拭いているところを捕まえる青島。
「おかえり。新城さんは?」
「署にお送りしましたけど?」
「いや、ほらそうじゃなくて」
「あ、『裏付けは当然青島だッ』って言ってましたよ」
「かぁーっ。やっぱりそうかぁ!」
頭を抱える青島。
「ウソです」
「ヘッ?」
気の抜けた顔で聞き返す。
「裏付けは一課の人達がやるみたいです」
と真下。
「そうだよなぁ。犯人捕まえたのは青島なんだし文句言われるいわれはないよなぁ」
と隣で聞いていた和久が笑った。
「そっか・・」
拍子抜けした青島。
「でも『よくやった』とも言ってませんでしたけどね」
と言う真下に
「そんなこと言うわけ無いだろ、新城さんが」
と笑う青島につられて、皆も笑った。

[2000年07月26日(水)]

「どうしてまた室井さんがいるんすか」
外から帰ってきて汗だくの青島が驚く。
「今日は非番なんですって」
と真下が説明した。
「あれ?お前、運転手じゃないっけ?」
「今新城さん戻ってるんですよ。またすぐ出るみたいですけど」
「で、室井さんは?」
「ワープロとか表計算ソフトのワザを教えてあげてたんです」
と真下が答えるのを聞いてようやく室井が口を開く。
「この歳だからな。続けてやらないと忘れてしまう。連日悪いな」
とパソコンの電源を落とした。
「ほぉ。勉強熱心ですね。上に行く人はやっぱり違うね」
と青島は真下をチラリと見て笑った。
「いや、室井さん覚え早いですよ。もう教えることないですもの」
目を丸くしているところを見るとお世辞ではないらしい。
「これからどうするんです?」
と尋ねる青島。
「帰る」
「こんな陽の高いうちに?」
「用事は終わったんだ。陽の高い低いは関係ないだろう」
「いや、そうですけどね・・」
そこへスピーカーが鳴り出した。
「管内江葉町二丁目交差点で傷害事件発生・・・」
「室井さん」
と呼びかけられ、室井は目だけ動かして青島を見た。
「お送りしましょう」
と言う青島はうっすら笑いを浮かべている。


「何故私が君の仕事に付き合わなきゃいけないんだ」
「非番を湾岸署で謳歌しようなんて思ってるからいけないんです」
相変わらず運転の荒い青島と、隣で眉間に皺の室井。
「現場です」
という青島の指し示す方向を見ると、男が暴れている。
「やれやれ。こう暑いとああいうのが多くて・・」
と室井に一言言うと、青島は車から飛び出した。
「うおぉぉ!」
男はバットを振り回してあたり構わずぶつけている。
標識めがけて振ったバットが空振りになり、身体がまわった瞬間背後から捕まえる青島。
「はい、刑事さんが来たよ。君の言いたいこと全部聞いてあげるからねぇ」
と呑気なことを言いながら、バットを脚で叩き落として地面に這いつくばらせる。
静かになった男の右腕を締め上げて立とうとしたその時、室井の叫び声。
「青島!左!」
男の左手にはナイフが握られていて、青島の胸すぐ横の宙を切った。
「うわっ!」
青島は思わずよろけて男の腕を放してしまう。
自由になった男は完全に座りきった眼で青島を睨む。
次の攻撃をかけようと振りかぶった瞬間、
「ぐえっ」
と声を上げ、前のめりに倒れ込んだ。
「室井さん!」
その後ろに立っているのは、室井であった。
蹴った自分の右脚の皺を伸ばすように叩くと、
「逮捕の瞬間が一番危険なんだ」
と、口元を少しゆるめて見せた。

「先輩!」
青島達が署に戻ると、ちょうど新城と真下が出てきたところだった。
「室井さん、どうしてここに・・」
と呟く新城も、表情は変えない。
「いやぁ、ちょっと成り行きでね」
青島は笑いながらおとなしくなっている男を見せた。
「久しぶりだな、新城」
と室井。
「こんなところで油売ってていいんですか。室井さん」
と新城。
「室井さん今日は非番なんすよ」
と説明する青島だったが、新城は室井だけを見つめている。
一瞬何か言いたげな顔をしたが、二人はそのまま三人の横を通り過ぎていった。
それを振り返ってみた青島は
「ありゃ。珍しいっすね。何か小言でも言っていくかと思ったけど」
と笑ったが、室井は何も答えなかった。

その時の男が殺人事件の犯人であることが判明するのは、夜更け過ぎである。

[2000年07月25日(火)]

「そうか。よく分かった。ありがとう」
と室井は自分の持ってきたノートパソコンを閉じた。
「お前、先生じゃなかったのか?」
と青島は自分の席でうなだれる真下を茶化した。
「僕だって知らないことは判らないんだ・・」
真下はブツブツ愚痴ている。
「青島もこういうことに詳しいんだな」
室井は感心するように青島を見るが、
「コンピュータの営業やってたんすよ。本職っすよ」
とただ笑っていた。
そこへメモ片手に駆け込んでくる袴田。
「特捜本部からそれぞれの業務の発表だ」
少しだけ姿勢を正す青島。
「真下君は本店の捜査員の運転手だ。和久さんと魚住くんは聞き込みの道案内。すみれくんは盗品が流れてないか調査だ」
次は自分かと目を輝かせる青島に
「後の者は通常業務だ。よろしく」
と袴田は締めた。
「相変わらずだな、新城は」
という室井に
「どうせまた裏付けだけまわってくんすよ。まったく陰湿なんだから・・」
と、口を尖らせた青島はタバコに火を付けた。
と同時に廊下で
「イタッ」
と声を上げたのは桑野だった。
「何故ここにいるんだ」
と返したのは新城。
「人にぶつかっておいてご挨拶だねぇ。室井さんなら『大丈夫か』ぐらい言ってくれるわよ」
あまりに声が大きいので室井と青島も気が付いて廊下を見た。
桑野も新城も室井の存在を知らない。
「こっちは殺人事件の捜査に忙しいんだ。いちいち細かいことに構ってられるか」
と新城はそのまま行こうとするが、その後ろから桑野は聞こえるように
「相変わらず肝っ玉が小さいねぇ・・」
とぶつけた。
立ち止まった新城は目だけ振り返り睨みつける。
「事件に大きいも小さいもないんだよ。細かいことに構ってられなくて何が刑事よ」
という桑野の言葉に反応したのは、室井と青島だった。
「室井さんを見習いなさい。だからあなたはいつまでも出世できないのよ」
と言うと桑野はどこかへ行ってしまった。
一瞬その場に立ち尽くす新城だったが、握り拳を作るとそのまま他の刑事を従え捜査に向かうのだった。
眉間にいっそう皺を寄せ
「これではダメだ。上と下とかが一つにならないと・・」
と室井は呟くが
「室井さんも意外に下は見えてなかったっすけどね」
と、青島に笑われるのだった。

[2000年07月24日(月)]

「山下先輩はどんな男性がタイプなんですか?」
一段落してテーブルを囲んでコーヒーで休憩中の交通課である。
圭子が吹き出しそうになったのは、夏美の唐突な質問のせいであった。
「もう。突然なによぉ」
と口をハンカチで押さえてながら驚くが、すぐに天井を見ながら考えた。
「そうねぇ。前はそんなに意識してなかったけど、恩田さんのがうつったかな。『将来警視総監になる人』ね」
と笑った。
「じゃあすみれさんと取り合いですね」
と他の一同は笑った。
隣でそのやりとりを半ば呆れながら聞いていた桑野は、訊かれてもいないのにしかし、目を閉じて何かを思い浮かべているようである。
その桑野の背にする壁を隔てたところの真下が青島に言う。
「あした室井さんがまた来られるそうですよ」
「へ、なんでまた」
「ほら、こないだもメール教わりに僕のところに来られたじゃないですか」
「そうだったね」
タバコを灰皿に押しつける青島。
「もうだいぶ上達されたみたいなんですが、どうしても分からないことがあるからって」
「他に訊く人いないのかね」
と青島は笑った。
「さぁどうなんでしょうね。東北大は肩身狭いんじゃないですか?」
と、明日には決して言えないことを言う真下。
「オレはパソコンの前で悩んでる室井さんなんて想像付かないんだけどね・・」
と言いかけると、天井のスピーカーが鳴り出した。
「警視庁から入電中・・」
身構える青島。
「管内テレコムセンター駅前で傷害事件発生。被害者は病院に運ばれ・・」
それと同時に電話が鳴る。魚住が出る。
「はい、強行犯係」
メモとペンの用意も出来ている。
「あ、和久さん。あぁ、今入電されましたけど・・。え?はい、分かりました」
電話を切ると、青島と真下に向かって言う。
「被害者が亡くなったそうだ。殺人事件に切り替えだ」
「和久さんは?」
「たまたま現場に居合わせたみたいで病院だ。現場には機捜が向かってる。僕らの出る幕はないね」
「あぁ・・」
唸る青島。
「特捜本部も立つのか・・・」
と、真下は呟いた。

[2000年07月23日(日)]

「青島君、なんか怪しいんだけど」
と、うろちょろする青島を見ているすみれと雪乃。
「なにやってんでしょうねぇ」
青島は首からカメラをぶら下げシャッターボタンに指をかけていた。
自分を見ている二人に気付いた青島。
「あ、写真撮ったげよう」
と構えると、二人はニッコリとピースサインをする。が
「おいおい、今どきピースはないんじゃない?」
覗いていたファインダーから目を離す青島。
「そんなこといったってねぇ」
「これは条件反射ですよ、ねぇ」
怒るすみれと笑う雪乃が目を見合わせる。
その瞬間フラッシュが光った。
「んー、なかなかいい顔が撮れたよ」
青島は笑っている。
「ちょ、ちょっと。一番いい顔しようと思ったのに何よぉ」
すみれは目を見開いて文句を言ったあと髪を撫でながら
「はい、青島君。もう一回撮ってっ」
と、満面の笑みを作った。
「あー残念。これが最後の一枚だったんだよ」
カメラからは忙しくフィルムを巻き上げる音が聞こえている。
「あぁそれでキョロキョロしてたんですね」
と雪乃は納得している。
「ほんとはねぇ、交通課の子たちを撮ろうと思ったんだけどねぇ・・」
と言いかけると後ろから
「青島っ!まだそんなことやってるのっ!仕事仕事っ」
と、桑野に怒鳴られて、早々に逃げていった。
「ったく・・」
とすみれ。
「私たちは、交通課の代わりだったんですね」
と複雑な顔の雪乃。
「若い方がいいんでしょ。もう青島君もすっかりおじさんねっ」
と、すみれは一口だけ残っていたコーヒーをあおった。

[2000年07月21日(金)]

「和久さぁん。助けてくださいよぉ」
「またお前らかよ」
和久が呆れている前で、老人が四五人小さくなっている。
「今度はなんだ」
その横で困った顔をしている緒方に訊いた。
「100円拾ったけど届けなかった・・・とか」
説明する緒方も語尾が小さくなる。
「人様には迷惑かけてねーんだな」
と誰にともなく頷くと
「で、いつまでだ?」
と今度は老人達に訊いた。
「二三日でいいんですけど・・」
別の老人が続ける。
「いつもねぐらにしてる地下道が塗り替えだとかで入れなくなってんです」
「この暑さだもんなぁ。お前らの歳じゃあ外はきついわなぁ」
腕組みしながら納得する和久は、ちょうど通りかかった青島を捕まえる。
「おい、今留置所空いてるか?」
「えぇ、酔っぱらいが一人入ってますけどそれが出れば空です」
青島も老人達を一度見渡しながら返した。
「じゃ、こいつら頼むよ。三日でいいからよ」
「はーい」
と鍵を取りに行く青島。
「おい」
と一人の老人に声をかける和久。
「お前もまだこんなことやってんのか?孫もいんだからしっかりしろよおじいちゃん」
「すいません・・。あ、三歳になったんですよ。これが写真で・・」
と袋をまさぐるが、戻ってきた青島に
「はい、皆さん行きましょう」
と言われて、写真を出す機会を無くしてしまった。
ぞろぞろ歩き出す後ろについた青島は、振り返ると
「これだけはいつまでも和久さんの係ですね」
と微笑んだ。
和久は、
「オレの方は早く引退してぇんだけどなぁ」
と言ったあと、
「来年あたりはオレもあっち側になっから、青島頼むぞ」
と、笑った。

[2000年07月20日(木)]

「おい、お前じろじろ見られてるぞ」
と、和久が青島に囁いた。
「えぇ?和久さんでしょ?」
と返す青島は、ヨレヨレのハンカチで汗を拭いている。
しかし気付くと、通り過ぎる家族連れやカップルがみな一様に自分を見ている。
気にせず歩き続ける。
「しっかし、こんな時にケンカしなくてもいいと思いませんか」
太陽を細目で睨んで青島が言う。
「こんなだからイライラしてケンカしちまうんだろ」
いつもの帽子を深々と被っている和久は、青島に比べて涼しそうな顔をしている。
「それがまた暴力団だってんだから、ケンカもするわな」
当たり前のように応える和久。
「こっちの身にもなって欲しいですよ。ったく」
と青島は今度はハンカチで顔を扇ぎながら文句を言っている。
「お前ね。刑事の身になって考えられるような人は、暴力団なんて入んねーんだよ」
「あ、そっか」
と応えながらも、暑さのため思考はまわっていない。
また通り過ぎた女子高生達が自分を見ながらコソコソしているのを見送った。
青島はその女の子達の視線を辿ってゆっくり振り返ると、
「な、なにやってんの!?」
と大きな声で驚いた。
その後ろには、暴力班係の刑事達が縦に並んで小さくなってついてきていた。
「あ、いやこの暑さだからねぇ」
川村が応える。それに黒田が続けた。
「青島刑事の後ろの影で涼をとってたんだよ」 「そ、そんなんで涼しいんですか」
呆れて返す青島。
「いや、気持ちの問題だよ。気持ちの」
と黒田はタオルで自分の頭をクルクルと拭いた。
隣で聞いていた和久は
「気持ちよりまずお前さんのそのテカテカ頭どうにかしろよ。何個も太陽があっちゃ暑くってしょうがねーや」
と眩しそうに、笑った。

[2000年07月15日(土)]

夏美の元気な声が校庭に響く。
「道路を横断する時にはぁ?はいっ」
「右見て左見て右!」
一年生の子供達が声を揃えて言う。中には叫んでいる子もいる。
その言葉に合わせて校庭に書かれた道路で左右に首を振るのはピーポー君。
「はい、左右を見てクルマが来てないことを確認したら、手を挙げて渡りまぁす」
という夏美の合図に合わせて右手を挙げるピーポー君。
「はい、このように・・」
と夏美が言いかけると、子供達が
「あーっ!」
と叫んだ。
振り返ると、ピーポー君が右手を挙げたまま道路の真ん中で転がっている。
「きゃあ!青島さんっ!」
かけよる夏美。
子供達もやいのやいのと群がる。
向こうで別の学年の相手をしていた美香も飛んできた。
「青島さんっ、どうしたんですか?!」
頭を取ろうとするがなかなか取れない。
すると一人の男の子が
「きっと喉かわいちゃったんだよ。ね」
と言いながら、水筒を開けてピーポー君の口に突っ込んだ。トクトクと音を立てる水筒。
ピーポー君はムガムガと唸りながら暴れ出したと思うと凄い勢いで上半身を起こし、「プハー」と喋った。
「ほらね」
と笑う男の子。つられて子供達みんなが笑い出す。
その群衆の向こうから
「なになに、どしたの?」
と聞き慣れた声がした。
子供達をかき分けて顔を出した声の主。
「あ、青島さん!?」
同時に叫ぶ夏美と美香。
立っているのは青島である。
「お前、酸欠か?気合いが足りないよ気合いが」
とピーポー君の二本の角を引っ張るとその頭が転がり、中から真下が出てきた。
青島は唖然としている女性二人に
「ちょっと仕事入っちゃってコッソリ代わってもらったんだ」
と、笑って見せた。

[2000年07月14日(金)]

バタバタと大きな足音で走ってきたのは夏美であった。
振り返る青島とすみれ。
「あ、青島さん、ちょうど良かった」
「うん?なに?」
不思議そうに聞き返す青島。
青島さん・・・と夏美は切り出した。
「美香先生、好きですよね」
「はっ?」
ビックリする青島と、眉間に皺が寄るすみれ。
夏美はもう一度繰り返した。
「好きですよね」
すると青島はすみれを親指で指し
「すみれさんの方が好きだよ」
と笑った。
「な、何言ってんのよ!冗談ばっかり!」
動揺するすみれは青島の肩を強く叩いた。すると
「あ、ばれた?」
笑う青島。ますます難しい顔になるすみれ。
「美香先生も好きだよ。それが何か?」
と青島は続けた。
「青島さん、明日デートしませんか?」
「美香先生と?」
「いや、わたしと」
夏美は自分を指さした。
「は?」
と訊いたのは、青島でなくすみれだった。
「いや、明日海峰小学校の交通安全教室なんですけど」
いつものように笑顔の夏美。
「交通安全週間でみんな出払って私以外空かないですよ」
「はぁ」
青島は全てを理解したが、夏美は続けた。
「袴田課長に相談したら、『あそこなら青島だろう。暇だと思うから連れてっていいよ』だそうです」
袴田の声真似までしている。
「またぁ?こないだもそうだったよねぇ」
という青島の顔はイヤそうではない。
「お願いしますっ」
夏美は深く頭を下げた。
「オッケー。いいよ。またピーポー君被るのね」
「ありがとうございますっ」
再び頭を下げる。
「オレの仕事も忙しいんだけど、夏美ちゃんのたっての頼みじゃしょうがないね」
という青島にすみれは
「美香先生もいるしね」
と、脇腹を強くつついたのだった。

[2000年07月13日(木)]

「麦茶の消費量が多いですね」
お陰で雪乃のカップには麦茶が半分しか注げなかった。
「暑いもんねぇ」
と言いながら真下は一気に飲み干した。
「おい、そろそろ行くぞ」
と和久が声をかけられて
「はーい」
と返事をする真下だったが、和久のカバンがいつもより膨らんでいることに気が付いた。
「あれ?今日は何持ってるんですか?」
と聞くと、
「あ?これか?」
とカバンの中から出したのは、大きな水筒。
「命の水だよ」
「それ、麦茶でしょ」
「よく分かったな」
それを聞いた真下は大きな声で
「雪乃さーん、犯人は和久さんでしたよー」
と叫ぶのだった。

[2000年07月12日(水)]

美香が二人の生徒を連れて湾岸署を訪れた。
「こんにちはぁ」
後ろの生徒の方が声が大きい。
「青島さん、ほら美香先生ですよ」
真下が向こうで何かしていた青島を呼んだ。
振り返った青島は
「あっ、先生」
と言ったきり何も言わず、美香の方は眼をクリクリさせて青島の次の言葉を待っている。
「なに見つめ合ってんのよ」
とその間に割り込んだのはすみれであった。
「いや、なんて言おうか考えてて・・・」
と呟く青島は無視したらしく、
「今日は見学かな?」
と話しかけたのは、生徒達に向かってである。
「ここに来るって言ったらこの子達も見てみたいっていうから、連れて来ちゃいました」
と美香が説明する。
その向こうから圭子が何かを手にやってきた。
「はい、僕たちにはこれあげる。ちょうどさっき届いたのよ」
と笑顔で手渡すと、子供達は飛び上がった。
「わーい!モーニング娘だー!」
「今年の交通安全カレンダーよ」
と、交通課に戻る圭子の後ろを子供達は
「もっとちょうだいっ」
などと言って困らせていた。
取り残される美香に、青島。
「お久しぶりですね、先生」
「えぇ。青島さんは、お元気でした?」
「バッチリこの通り。あれ?髪切りました?」
「はい、夏ですし」
美香は嬉しそうにしている。
席に戻ったすみれは二人を無視するように書類書きをしていた。隣の武は微笑ましそうに二人を見ている。
青島は鼻の頭を掻きながら、続けた。
「交通安全教室ですね」
「はい、またその打ち合わせに来たんです」
「もう交通課へは行ったんですか?」
「いちお、先ほど行ってきました」
「あ、コーヒーでも飲みましょっか」
と二人は休憩室へ消えていった。
すみれは囁いた。
「武くん、聞いた?『いちお』ですって。まったく何しに来たのかしらねぇ」
それでも顔だけは書類に向かっている。
「ああ、聞いてたんですね。いいじゃないですか。なんだかすみれさん姑みたいになってますよ」
武も書類に戻る。
そんな武に向かって、すみれは
「イーッだ」
と怒ってみせたが、武は
「それする相手は、僕じゃないでしょ」
と仕事をしながら、静かに応えた。

[2000年07月11日(火)]

強行犯係の電話のベルが鳴った。
みんな忙しそうに仕事をしていたため、代わりにすみれが取った。
しばらく話したあと、
「はい、分かりました。お待ちしてますぅ」
と切るすみれ。
クルッと椅子ごと振り返り、
「明日、美香先生来るって」
と誰にともなく言った。
「あぁ、そろそろ交通安全教室ですね」
魚住が暦を見ながら唸った。
「海峰小学校、なんだか交通教室多いですねぇ」
とは、真下。
「さあね。青島君目当てでしょっ」
と、踵を返すすみれ。
「はぁ、それでうちにかかってきたのかぁ」
魚住は妙に感心している。
「真下君、明日来たらちゃんと交通課の電話番号教えてあげなさいね」
とすみれ。
真下は
「何怒ってるんですか。別にいいじゃないですか、同じ湾岸署なんだし」
とコソッと言うが、
「怒ってなんかないわよ。刑事課には刑事課の交通課には交通課の仕事があるんだから・・」
と、すみれはそのままどこかへ行ってしまった。
それを見て魚住は
「意外に分かりやすいねぇ」
と、笑った。
「分かってねぇのは自分だけじゃねーか?すみれさん」
といつの間にか後ろにいた和久も麦茶片手に、冷やかしの笑みを浮かべていた。

[2000年07月10日(月)]

「青島、お前は何しに行ってきたんだ」
袴田はそう言いながらも、笑っている。
「それにしてもよかったねぇ白石君、金一封。前はせっかく情報くれたのに何もなかったもんねぇ」
と、青島は話を逸らした。
白石は照れて頭を掻いている。
「声かけたらナイフ構えて襲いかかってきたんだってねぇ」
真下が感心している。
「護身術は最初の頃習っていたんで、助かりました」
と白石。
「お前は玄関で何やってたんだよ」
青島は真下に訊く。
真下は口を尖らせて言った。
「いや、ちょうど顔出したら先輩が大変だって言われて、隠れるならトイレだろうって白石くんが言うから・・」
「そうゆうときはお前が行くんじゃないの?」
「いや、僕は中の構造分からないし、玄関の見張りも必要でしょ?先輩こそ何やってたんですか」
「いや、オレは怪しい人を見かけたから職質をだなぁ・・」
青島の口も尖った。
「まぁ今までの置き引きは同じ被疑者らしいし、無事解決だな」
袴田はそう言って手を叩いた。
「青島さん、いろいろありがとうございました」
白石がお辞儀をした。
「いやオレは何もしてないよ。こっちこそ助かったよ。ありがと」
青島は笑顔でそういった。
「僕も刑事になりたくなっちゃったなぁ」
という白石の言葉に、そこに居合わせた一同目を合わせ、そして笑ったのだった。

[2000年07月09日(日)]

「へぇ、刑事ってそんな仕事もするんですか」
とは、白石。
「うん。ドラマみたいにかっこよくないよね。サラリーマンと同じさ」
青島の警備員服も堂に入ってきた。
「つまんないですか?」
と聞かれ、しばし白石を見つめたまま何かを夢想するように黙った青島だったが
「いや、ドキドキすることもいっぱいあるよ」
と笑った。
「こないだもさぁ」
と言いかけた青島に、一人の婦人が半泣きで駆け寄ってくる。
「わ、わたしのカバン無くなっちゃったんですっ」
「!」
鋭い目つきで白石と目を合わせた青島は婦人に。
「いつごろですか?」
と尋ねる。
「今です、たった今。そこで足元にカバン置いて天井の天文図を見てたらその隙に・・」
「ここ一時間で出ていった人に怪しい人はいなかったね」
と訊かれ頷く白石。
「じゃ、まだ中にいるんだ。とっ捕まえてやる。ここ、頼むね」
と、走り出す青島。
がすぐに戻ってくる。
「で、どんなカバンっすか?」
ガックリ肩を落とす白石と婦人だったが、赤い革のカバンだと聞くと再び走り出した。
とりあえず現場に行くが怪しい人物はいないようだ。期待はしていなかったものの、チッと舌打ちする。
「順路ならこのあと二階だな」
と、階段を駆け上がる。
走り回っている子供達を避けながら二階につくと、赤いカバンを持った男がキョロキョロしているのを見つけた。
「終了だな」
と呟くと呼吸を整えて、職質をかける。
「ちょっと伺いたいんですけど・・」
と声をかけ振り向いた男には、見覚えがあった。
「き、君・・」
「あ?何です?」
男は憮然と返す。
「君会ったことあるよねぇ」
と青島が帽子を取って見せると
「刑事さん?湾岸署の刑事さんじゃないですか。リストラされたんですか?」
などと言っている。
「君は・・・」
思い出せない青島。
「ほら、三年前に、着物着た女の刑事さんに回し蹴りされた・・・」
「あっ!あのときの!」
やっと思い出して、笑ったが
「で、今日はなにか?」
と言われて自分の仕事を思い出し
「ちょっと、そのカバン見せてくれる」
と、眉間に皺を寄せた。
「は?」
男は目を丸くして聞き返す。
「その赤いカバンだよ」
「は?これは女房のカバンですけど?トイレ行くから持っててって言われて・・」
「ホントか?」
「何なんですか突然。失礼だなぁ」
「いいから見せなさ・・」
と言いかけると、女子トイレから悲鳴が上がった。それと同時に
「青島さーん!」
と白石の叫び声が聞こえた。
「!」
走る青島。
ちょうど女性客がトイレから転がるように出てくるのが見えた。
中に入ると、白石が若い女の腕を締め上げている。床にはナイフと赤い革のカバンが転がっている。
「青島さん、捕まえましたよ!」
息を切らせている白石は、しかし笑顔である。
「し、白石くん、君、刑事みたいだね」
青島も、笑って見せた。
トイレから被疑者を連れて出ると人だかりになっていた。
さっき飛び出した女性はあの男の奥さんであったらしく、男の肩に隠れるように寄り添ってこちらを見ている。
二階からさっきまで二人が立っていた玄関を見下ろすと、真下が笑いながら手を振っていた。
こうして、青島の潜入捜査は、終わったのだった。

[2000年07月08日(土)]

ボーッと立っている青島の目の前を、同じくらいの背丈の笹が通り過ぎていった。
色とりどりの短冊が揺れている。
「あぁ、七夕も終わったんだね」
青島は隣の白石に言った。
「そうですね」
帽子を被り直しながら、白石は答えた。
「毎年あれ飾るの?」
「どうでしょうね。でもお子さん多いですから、飾るんじゃないですかね」
「あ、そか。君も今年からだったんだよね」
などと話していると笹と入れ違いに誰かが入ってきた。逆光で顔はよく見えないがここには場違いなスーツ姿の男である。
「あやしいな・・・」
と青島は呟いて凝視した。すると、
「せんぱーい!」
と、聞き慣れた声。
バタバタ走ってくるスーツ姿は真下であった。
「どうしたの?お前」
入れかけた肩の力がストンと抜ける。
「いや、近くを通ったからどうしてるかなぁと思って」
少し走っただけなのにもう息が切れている。
「ちゃんと入場料払ったか」
「手帳見せたら通してくれましたよ」
「お前は仕事じゃないんだからちゃんと金払え」
という青島を無視して真下は隣の白石に話しかけた。
「青島刑事はちゃんと働いてます?」
「真下さんですか」
白石は右手を出している。
「は?」
と尋ねながらもつられて握り返す真下。
「僕です。白石です」
「え?あの、白石君?」
「そうです。こんなとこで会えるとは思わなかったなぁ」
白石はたいそう喜んでいる。
「白石君は珍しくハンドルネーム使わなかったから、僕も覚えてるよ」
真下は慣れない握手に少し照れくさそう。
それを聞いた青島は
「なに、お前ホームページやめちゃったの?」
「やめたわけじゃないんですけど、まぁいろいろと・・」
「ホームページのテーマが変わっちゃったんです」
真下の代わりに白石が答えた。
「なにやってんの?」
と、青島。しかし二人は顔を見合わせて答えない。
「なんだよ、気持ち悪ぃなぁ。言えないようなのやってんのか?」
「いや、そうじゃないんですけど・・」
うつむく真下。しかしすぐ顔を上げて
「そんなことより、捜査の進み具合はどうですか?」
青島は帽子を軽く持ち上げ髪の毛を掻きながら
「まだ何にも起きないね。オレの顔見てビビッちゃったんじゃないか?」
と笑っている。
「いや、土日に多いんですよ。明日あたり、やばそうですね」
と白石。
「お、そうか。じゃあ気合い入れないとね」
と、ガラスに映して帽子を直す青島。
「というわけで、お前は邪魔だから署に帰れよ」
と、素っ気なく追い返された真下であったが、話が逸れてホッとしているのだった。

[2000年07月07日(金)]

「似合いますね」
と白石は、ガードマンのユニフォームに身を包んだ青島に言った。
「そうだろうそうだろう。オレは何でも似合うのさ」
とポーズを取ったが、ちょうど通りかかった女性客達に白い目で見られて小さくなる青島。
二人は玄関横で館内に向いて立っていた。
「そうか。怒られたかぁ」
と、青島。
「あの店でバイトしてたのは親には内緒にしてたんですよ」
と、白石は相変わらず通りの悪い声である。
「でもあんな騒ぎ起きちゃって、親にもばれちゃったんです」
昔話である。
「そうだよねぇ」
という青島は、自分がその騒ぎを起こしたということをすっかり忘れているようである。
「ちょうど店長も『こんないかがわしい店はもうやめだ』とか言ってホストクラブはじめちゃうし」
「あ、そこにはついてかなかったんだ」
「えぇ。親ももう夜のバイトはやめろって言うし、ちょうど学校も忙しくなっちゃって」
「学校?」
「大学です」
「そっか」
「就職も決まって落ち着いたんで、卒業までバイトしようと思ってココに入ったんです」
白石はさっきからずっと青島を見て話している。
「就職決まったのかぁ。こんなご時世だし大変だったろ」
青島は話ながらも館内をキョロキョロ見渡し注意を怠らない。
「青島さんはどうでした?あ、警察だから関係ないのか」
「いや、オレはね、脱サラしたんだ。最初はサラリーマンだよ。営業」
「あ、そうなんですか?」
「でもオレらの頃はまだ売り手市場だったからねぇ。苦労はそんなにしなかったな」
「あぁ」
「君達は偉いよなぁ、若いのに苦労して。まぁ頑張ってればいつか良いことがあるよ」
青島は、白石をチラと見て微笑んだ。
「はいっ」
こちらも満面の笑みの白石。
今日も何事もなく一日が過ぎるのだった。

[2000年07月06日(木)]

「湾岸署の青島です」
名刺を渡しながら続けた。
「前都知事と同じ名前の青島です」
「前都知事・・・?あぁ、青島さんね」
「はいっ、そうです」
にっこり笑う。
「その挨拶、分かりづらいね」
「やっぱり・・」
苦笑いに変わる青島。
今日は船の科学館への潜入捜査(袴田談)。
初日ということで館長に挨拶に行ったのである。
「聞いてると思うが、最近置き引きが多くてねぇ。困ってたんだ。署長にお願いしたらイキのいいのを一人出すと言われたんだが、大丈夫かね」
「イキはいいっすよ。僕が来たからには任せてください」
胸を叩く青島。
「とりあえずうちの警備員と一緒に廻ってくれるか。おい、白石くん」
呼ばれて入って来たのは若い青年。
「この四月から入ってきた子なんだがね。なかなかしっかりしてるんだ」
「宜しくお願いします」
礼をした頭を上げると、青島はあっと声を上げた。
「あ、刑事さん」
白石も青島を覚えていたらしい。
「白石くんじゃないか!」
青島も驚いている。
「なんだ、二人は知り合いかね」
館長は淡々と訊いた。
「えぇ、まぁ、ちょっと・・・」
二人は同時に答えた。
「ま、それならやりやすいだろう。宜しく頼んだよ」
こうして青島の潜入捜査が始まったのだった。

[2000年07月05日(水)]

袴田が呼んだ。
「青島くん」
「はい?」
「明日から青島巡査部長には潜入捜査を命ずるっ」
袴田につられて青島も敬礼をする。
が、首を傾げて
「で・・どこへ?」
「すぐ近所だよ。船の科学館」
「船の科学館・・?」
「最近置き引きが多いんだそうだ。警備員も雇ってみたがどうにも減らないらしいんだよ」
「じゃ僕はガードマンみたいなことやるんですか?」
「いや君は刑事だから潜入捜査をするんだ」
「潜入捜査?」
「内部を巡回して怪しい人間がいたら目を付ける。何かやったら即捕まえろ」
「それ思い切りガードマンじゃないですか」
「じゃあガードマンでもいいよ」
「なんすか、それ」
呆れる青島。袴田はとうにゴルフクラブの手入れに入っている。
「館長が署長の知り合いらしいよ。血の気の多いのが欲しいんだって。君色黒いし、さぞかし血の気も多いだろうねぇ」
「色黒は生まれつきっすよ」
とブツブツ言いながら席へ戻るとすみれが話しかけてきた。
「出張ね?」
「そうらしいよ。徒歩五分だけどね」
「いいじゃない。刺激的で〜」
「よっし。ここは一発刑事の腕の見せ所だな」
「頑張ってね。ガードマンっ」
と聞いて、またガックリ肩を落とす青島であった。

[2000年07月04日(火)]

「ねぇ青島くん」
「なに?」
それぞれの席で背中合わせの青島とすみれ。
「彼女、いたの?」
ブッと、タバコの煙を吹きす青島。
「な、なんだよ突然」
「聞いた事無いなぁと思ってさ」
「それに失敬だねぇ。なんで過去形なわけ?」
くるりと椅子ごと振り返るすみれ。
「へぇ、今彼女いるんだぁ」
「・・・いないけど」
うつむく青島。
「なーんだ。なら失敬じゃないじゃないの」
「そっちこそどうなのさ」
「わたし?仕事が恋人よん」
「そうだよねぇ。仕事くらいしかすみれさん相手にしてくれないもんね」
「なによ、それ」
「おい、青島」
と、割り込んだのは和久。
「早くしねぇと、すみれさんオバさんになっちゃうぞ」
「何がですか」
と青島。
「まだまだオバさんになんてなりませんよーだ」
すみれは舌を出している。
「すみれさん貰わねぇなら、そろそろうちの娘を貰ってくれよ」
「なんでそういう二者択一になるんですか」
笑う一同。
三人とも一日書類書きの、初夏であった。

[2000年07月03日(月)]

「青島くん、クマ」
ちょうど出かけようとしたすみれが入れ違いで入ってきた青島に言う。
「え?熊?」
眠そうな青島。
「発音が違うわよ。クマ。睡眠不足?」
「あぁ・・。暑くて寝付かれなくてねぇ・・」
肩も疲れている。
「昨日の夜も暑かったもんね。頑張ってね」
と、肩を叩き、すみれは出かけていった。
自分の席に戻ると、そのまま机に潰れてしまう青島。そこへ真下が
「先輩、クマどうしました?」
とやってきた。
青島は
「あぁクマ?昨日眠れなくてね・・」 と潰れたまま返したが、
「何言ってるんですか。発音が違います。熊ですよ」
「あぁ?」
「今、駅前の玩具屋さんで熊のぬいぐるみ盗まれたの、行ってきたんでしょ?」
「あぁ、あれねぇ・・・」
と言いながらそのまま眠ってしまった。
「先輩が潰れるなんてよっぽどなんだな」
と真下が呟くと
「エアコン壊れてて大変だったらしいぞ」
と、隣で見ていた和久は笑うのだった。

[2000年07月02日(日)]

「キャア!」
悲鳴が上がる電車内。
ちょうど通勤途中の青島は、その悲鳴に向かって走った。
人だかりをかき分けていくと、女子高生が男の腕を掴んでいる。
「あなた今私のお尻触ったでしょ」
「オレじゃねーよ。証拠あんのかよ証拠」
「こうして腕を掴んでるのが証拠でしょ」
「知らねぇって」
と、言い争いになっていた。
青島が間に入る。
「テメェ、なんだよ」
男は威勢よく睨みを利かせたが、青島が
「湾岸署だ」
と言うと、途端に弱気になった。
「刑事さん、聞いて下さいよ。濡れ衣なんです」
青島にすがりつく男。
「何が濡れ衣よ。触ったでしょ!」
女子高生は怒っている。
青島はなだめるように
「まぁまぁ。痴漢は現行犯じゃないと捕まえられないんだよねぇ。とりあえず事情聴取だけでも・・・」
と言いかけたところで、
「そいつは現行犯よ」
と声がした。
「く、桑野さん!?」
青島は目を丸くして仁王立ちになっている桑野に驚いた。
そんな青島をよそに男に近づく桑野。
「ちょっと反対の手、出してごらんなさい」
と言われると、男はオドオドし始めた。
「出しなさいってば」
と、無理矢理その手を引っ張ると、手の甲にはひっかき傷。血も出ていて生々しい。
「こいつ、私のお尻にも触ってたのよ。あんまりしつこいから引っ掻いてやったの」
と言うと、わははは、と高笑いしている。
肩を落とす男。
しばらくして電車が止まり、青島は男を捕まえたまま降りてくる。
その後ろから桑野が青島の肩を叩き、
「青島ぁ。あとのことは頼んだよっ」
と、また高笑いと共に去って行った。
「君も、物好きだよね」
と、青島は半ば呆れ顔で、男を睨んだ。

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