マシュマロと鈍感男とチョコレート
青島は珍しく、溜まった領収書の精算をしている。
「雪乃さん、こないだのコンビニ強盗の裏付けで使った居酒屋、経費で落ちると思う?」
「無理じゃないですかぁ。課長、最近うるさいから。」
「まぁた、自腹か。じゃあ、こっちは?」
「何買ったんですか?」
「マシュマロ。」
「マシュマロ?何に使うんです、マシュマロ。」
「ほら、交通課の婦警達にバレンタインのお返し。」
「そんなの落ちる訳ないですよ。まったく、お返しぐらい自分で買ってくださいよ。」
「だって、高いんだよぉ。全員分になると。」
「ところで青島さん。すみれさんにお返し買いました?」
「えっ?何で?」
「買ってないんですか?知りませんよ。」
「いるの?お返し。だって、こぉ〜んなちっちゃいのもらっただけだし、なんかのついででくれたんじゃないの?」
「ちがいますよ。」
そこに、聴き込みを終えて、すみれが帰ってきた。
「2人ともまだいたの?早く帰んなさい。」
「青島さんはすみれさんを待ってたんですよ。ねっ、青島さん。」
「えっ、俺?」とまどう青島に雪乃は小声で
「ほら、お返しに夕飯でも誘って下さい。」
「何で青島君が私を待ってるの?」
「えっ、いや、あの・・・」
青島が言いよどんでいるところに、交通課の婦警達が現れた。
「青島さぁ〜ん。今夜ぁ、交通課でぇ、夕食会やるんですけどぉ、青島さんもぉ、来てくださいますよねぇ。」
「あっ・・」何か言おうとする青島を雪乃がおさえて、
「だめですよ。青島さんは今日はすみれさんと約束があるんですから。そうだ、真下さん誘ってあげて。ねっ、みんな・・・」
「あたし約束なんかしてない。」
「すみれさんは黙って。ほら、みんな真下さん誘ってあげて。」
雪乃は婦警達を強引に刑事課から追い出した。
すみれは腰に手を当て仁王立ちで2人を見た。
「何なの?いったい何のつもり?青島君、説明して。」
「いや、あの、えっと、雪乃さんどうしよう。」
「ちゃんと自分で言って下さい。」
「早く言いなさい。」
すみれの眉間にシワが刻まれている。
青島はしかたなく、すみれに向き直った。
「すみれさん、えっと、今夜ひま?」
「ひまだけど。だから何?」怒っている。
「何か食べに行く?」ドギマギしながら、ようやく話した青島だが、すみれの反応は早かった。
「ステーキ!こないだ週刊誌にのってたお店、行きたかったんだぁ。えっ、青島君のおごり?当然よねぇ。いつも、面倒見てるもんねぇ。早く行くわよ。青島君!」
もうバッグをひっさげて出ていってしまった。
「ほら、青島さんも行って。ちゃんとするんですよ、お返し。」
雪乃に追い立てられて、青島も出ていった。
「ふぅー。」雪乃のため息である。
静かになった刑事課に室井が訪れた。
「室井さん。どうされたんですか?」
「君だけか?近くまで来たので寄ってみた。青島は帰ったのか?」
「今日はホワイトデーですよ。すみれさんとデートです。」
「そうか。2人は付き合ってたのか?」
「付き合ってはいませんけどね。ところで室井さん、青島さんにご用だったんですか?」
「たまには、晩飯でも食おうと思ったんだが・・・。」
「私でよければ付き合いますよ。」
「うむ・・・。いいのか?」
「いいですよ。あっ、あたし当直だった。」
「では、ピザでもとるか?」
「はい!」
店に向かうすみれの足取りは軽い。
「青島君。何で今日は誘ってくれたの?」
「えっ?あ、いや、その、バレンタインのお返しにと思って。」
「ふぅーん。それって、青島君の考えじゃないでしょ。」
「なんで?」ばればれである。
「だって、青島君はそんなことに気が付く性格じゃないでしょ。」
「すみれさん。それ言い過ぎじゃない?」
「こりゃ失敬。」
「俺だってね、もうちょっとまともなチョコもらってれば考えたんだけどなぁ。あれじゃあね。」
「手作り。」すみれがぼそっと言った。
「えっ。うそ。ほんとに?」
「せっかく作ったのに。青島君になんかあげるんじゃなかった。あたし帰る。」
「ごめん。いや、そんなつもりじゃ・・・。」
慌てて止めようとする青島にすみれは微笑んだ。
「うっそぉー。なんであたしが青島君にチョコ作んのよ。早く行こ。」
スキップして行くすみれの後姿を、青島は少しの間見ていたが、すぐに自分も走り出した。
「すみれさん!!待ってよ!」
すみれのチョコが手作りか否か。
それは雪乃だけの秘密である。
平凡な湾岸署の夜はふけて行く。
Written by はた
2000.3.16
2000.3.16