どうでもいいいけどどうでもよくない話
「・・・・・・そっすね・・・・・・」
私はなぜここにいるのか、少しだけ後悔した。
青島はスーツの上着を脱いで、しわだらけのワイシャツに、ネクタイの襟元は相変わらずくつろげ、煙草を咥えている。
私は三つ揃いのスーツを着込み、初夏の暑い中、青島と二人きりで湾岸警察署前の公園のベンチに腰掛けている。
おかげて暑いことこの上ない。
青島はまだいい。
上着を脱いでいるので、私ほど厚着ではない。
私は炎天下なんぞとは無縁の、エアコンの利いた建物の中にばかりいたのだ。
世間様が、もうこんな夏になってるなど知るよしもなかった。
「ところで室井さん」
青島が沈黙を破って話しかけてきた。
「なんでここいるんすか?」
「近くのテレビ局が取材を兼ねたいと言ってきてな。この近くの会議室で委員会をすることになった」
その問いに答える。
「で、何でここに?」
尚も青島は食い下がった。
「時間ができたのでついでに寄った。お前の仕事っぷりも心配だったしな」
「あ、ひでー」
そう言って青島は苦笑した。
正直言えば、あの時の腰の具合が気になっていた。
しかし、どう口に出したらいいか、切欠が掴めない。
また沈黙が続いた。
「俺にも煙草をくれないか」
やはり手持ち無沙汰を紛らわすにはこれに限る。
「あい、どーぞ」
青島が煙草の箱を揺すって一本差し出してくれた。
私がそれを取ると、青島がマッチを擦って煙草に火をつけてくれた。
なぜかあの時の、2人で捜査した日のことを思い出す。
あの時も、こうして青島から煙草をもらった。
私は紫煙をくゆらせ、視線を前に戻した。
対岸の埠頭にあるキリンの首が、何台もその鎌首を持ち上げている。
「青島」
「はい?」
「最近仕事どうだ」
「ボチボチっすかねぇ」
青島は肘を両膝に付き、煙草を吸ってから左手を腰に当てた。
「やっぱりまだ痛むのか?」
私は聞きたかったことをここでやっと聞けた。
「や、もう大丈夫っすよ。まあ、前みたいに走れなくなっちゃいましたけど。」
青島は苦笑し、
「でもまあ、彼らいますから。俺走れなくても何とかなります」
と言った。
しかし、その表情は少し寂しそうだった。
私は、走って犯人を追い詰めてない青島なぞ、青島らしくない気がして、
「本当は走りたいんじゃないのか?」
と聞いた。
青島は図星をつかれたように、ビックリした顔をする。
しかしその直後、破顔した。
「室井さんには敵わないなー。なんで解るんすか?あ、テレパシー?それとも室井さん超能力者?」
「茶化すな」
私は静かに怒った。
人が折角心配してやってるのに、まったくこいつときたら.....
「すいません・・・・・・」
神妙になる青島。
私は青島の携帯灰皿を要求すると、そこに灰を落とし、煙草を揉み消しで吸い殻を入れた。
青島も同様にする。
「委員会、どうなってますか?」
青島がおもむろに訪ねた。
「・・・・・・」
私はどう答えていいか分からなかった。
要するに、なかなか進展していないのが現状だからだ。
「あ、まあそう簡単にはいかないっすよね。」
青島は一人納得するように呟く。
ああそうだ。
旧態依然とした官僚主導の組織を変えるのは、そう一長一短にはいかない。
反抗勢力もまだまだ根強いのだ。
最近は、それに与党も口を挟みだしている。
「・・・・・・室井さんが政治をする側か・・・・・・」
青島がポツリと呟いた。
「ちょっと寂しいっすかねー。また室井さんの痺れるような命令聞きたいかなーなんてね」
小首を傾げ、幾分照れたように、笑いながらそう言った。
私だってそうだ。
できることなら、以前のように捜査の指揮を取って、また正しい事をしたい。
しかし今、私がしなければいけない正しいことは、それとは違う。
「・・・・・・俺も同じダ・・・・・・」
気持ちはあの頃と少しも変わっちゃいない。
「捜査すでぇ・・・・・・」
思わず口をついて出てしまった。
「あ、訛った」
青島が上半身をこちらに向けて驚いた顔をしていた。
「なんがわりが」
「あ、また」
私は眉間の皺をますます深くした。
「俺室井さんの訛り好きなんすよねー。何かホッとするって言うか、ホンワリするって言うか」
私の表情なんかお構いなしに、青島は嬉しそうに視線を海に向けて微笑した。
「室井さんのご出身て秋田でしたっけ?」
そう聞きながら視線を私に向ける。
「ああ、そうだ」
・・・だから何だ。
私は更に眉間に深く皺を刻み込んだ。
「だーかーらーそんな顔しないでくださいよー。別にバカにしてる訳じゃないですって」
青島は私の苦悩を知ってか知らずか、
「俺、東京生まれの東京育ちだから、田舎って憧れなんすよね。こう、井上陽水の少年時代、みたいな?」
言ってからニカっと歯を見せた。
「田舎なんてそんなに良いもんじゃない。俺の田舎の秋田なんて、冬は毎日雪かきだ。じゃないと家から出られないし、車も埋まる。」
これは切実な問題だった。
「屋根の雪下ろしを怠ると、さらに大変なことになる。雪が本当にひどいときは、何日かサボると家が軋む」
「・・・・・・え・・・・そんなに?」
「ああ、そだ」
「ああそうか!」
唐突に青島は大きな声を上げた。
「だから室井さん、寡黙で努力の人になっちゃったんだ!」
・・・・・・何だそれは。
少しむっとして、私は更に眉間の皺を深くした。
私の表情で察したのか、
「あ、すんません、じゃなくて、今まで努力してきて今やっと、室井さん、警察変えられるかもしれないんだって思うと」
と言って、私の顔を真剣な眼差しで見た。
「やっぱ俺が信じた男だなぁって」
青島が嬉しそうに笑う。
そう笑う青島は、つくづく魅力的な男だ。
「ああ、これでやっと、スタートラインだ」
私は自分に言い聞かせるように口にした。
身の引き締まる思いがした。
青島が信じてくれている。
それだけで、これからの難局も乗り越えていける。
「そうっすね。俺は現場で頑張る」
青島の瞳が私を捉える。
「俺は上に行って警察組織を変える。いや、変えてみせる」
私は青島に誓った。
「.....ぅす!」
青島が嬉しそうに返事をする。
「アオチマーヂケンー!」
向こうから王刑事の声が聞こえた気がした。
「係長ー!」
緒方刑事も呼んでる。
「行け青島」
「はいっ、俺の仕事してきます!」
青島はすっくと立ち上がると、私に向かって敬礼をした。
私も立ち上がってそれに敬礼で返した。
青島は、その後一目散に駆け出していった。
......まったく、無茶するなよ......
心の中で独り言を呟いた。
心は晴れやかだった。
数時間前の委員会での重苦しい気分は、青島と話して霧散した。
晴天の空を見上げる
「さて帰るか」
私は決意も新たに帰路についた。
ー俺達の約束がある限り、警察を変えるまで青島と戦い続けるー
Written by 強行犯係さん
2014.06.21
2014.06.21