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大人になった瞬間

私はあまり風呂が得意でない。
嫌いではないし、入れば気持ちがいいからどちらかと言えば好きな部類だとは思うが、特別に好きというわけではない。
身体を綺麗にするという大目的を達した後にはただ無駄な時間としか感じない。だから私の入浴時間はとても短い。
カラスもびっくりするほどの行水で、多分長く入っても7,8分。通常は5分かからない。
その間にも顔を洗い髪を洗い身体を洗い歯を磨いて湯船にもつかるのだから、横着して何かを省くとか髪は二日に一度しか洗わないとかいうことは一切ない。
もっとも湯船には2分もつかっていないと思うが。

そんなわけで、ちょっと長く入っているとゆであがってのぼせる。
さすがにぶっ倒れるようなことは今までも経験したことがないが、石鹸で滑って転んだのは二度ある。
風呂で転ぶと普段転ぶより十倍くらい痛い気がするのは全身むき出しの身体だからという理由だけであろうか。
経験がないと言えば、私は一度も鼻血を出したことがない。殴られて出したこともなければ、女の子の裸を見て鼻血ブーというようなこともない。血の気は多い青春時代だったはずなのだが。
私の書く話は横道にそれるのが義務であるかのようにずれていく、ここまでずれるともうまったく別の話である。と自分で気が付いた賢明な私は話を戻す。

女の子は一時間は軽く風呂に入っているような気がする。(勝手な想像も多分に含む)
男と違って髪一つ洗うにもシャンプーしてリンスしてトリートメントまでするのだから単純に三倍の時間はかかるし、どこかを剃ってみたり抜いてみたり、香水とかつけなくてもあれだけいい香りがしているのだから身体も二三回洗ってるのかもしれない。
それを差し引いて考えても、長い。
誰かが「女の身体は凹凸があるから洗うのにも時間がかかる」と言っていた気がするが、男の身体にだって女の子よりも複雑な形をした突起物があるのだから大した違いはないはずだ。
風呂という閉鎖された空間で、一体女の子は何をしているのだろうか。
いや、別に質問ではないので、教えてくれなくてよい。神秘のままにしておいてほしい。

また話がそれるが、というかそれっぱなしだが、女の子の身体というのはどうしてかくもいい香りがするのだろうか。
口臭が気になることは希にあるが、それ以外で臭いと感じたことはほぼない。
女の子が自分のことを汗くさいと感じても、多分男にはさっぱり分からない。
男の汗くさいのはほんとに汗くさいから、男と女では汗の成分も違うに違いない。
何にもつけていない状態でもいい匂い、というか香りがするのは、ほんとに不思議だ。彼女限定でしか感じることは出来ないのだが。彼女だからいい香りなんだろうか。盲目か?
とにかく女の子の身体というのは、男にとっては神秘の塊である。

で、そんな感じの私の風呂観ではあるのだが、パンツをめぐる一つの物語がある。
と言うほどたいそうな話ではないが、それをたいそうに書くのがエッセイストのテクニックなのだ。誰がエッセイストだ。

時は14歳。中学二年に戻ってみる。
当時私はいっちょ前に恋なんてことも経験して、しかしまだ恋以外には何も経験していなかったのだが、ともかくそういう多感な頃であった。
当然その頃から既に行水状態であったのだが、私は入浴前に下着を持っていったことはなかった。生まれてからずっとそうだった。
風呂を出るとバスタオルで身体を拭きながら「おーい」と向こうの部屋の母親を呼ぶ。執事ではないあたりは私の育ちを証明するものであろうか。と言っても、生まれてこのかた一度も執事という人種に会ったことはないのだが。
まぁ、母親を呼ぶ。
するとパンツが飛んでくる。で、私の前に軟着陸したそれを拾って履くのだ。
他人の入浴風景を見ることはないので、それが恥ずかしいことだとも思わなかったし、私にとってはいたって普通のことだった。多感な時期であるはずだが、それには何も感じなかった。
ところがある日を境に私のパンツ人生が大きく変わることになる。

地理の時間であった。地理の先生は隣のクラスの担任で親しげに話す先生である。
地理に授業時間の1/4くらいはいつも雑談に費やされる。
ボーイスカウトの偉い人をやっていたその先生のネタは二回に一回はボーイスカウトネタであった。
その時もボーイスカウトネタだったかどうかは定かでないのだが、何かの話の途中に笑いながらこう言ったのだ。

「お前らまだお母ちゃんにパンツ出してもらったりしてんじゃないだろうなぁ」

みんなはクスッと笑った。私も一応同じように笑っておいた。しかし私の中のプライド(大したプライドではないが)が大きく崩れる音を聞いた。
マンガの効果音なら思い切り太字で更に岩が割れているような文字で「ガガーン」と書かれ、私の顔には無数の縦線が引かれていたことであろう。
幸いにも私はマンガのキャラクターではないのでその時は平静を装う事が出来たのだが、心の中では確かに「パンツ出して貰うのは恥ずかしいことだったのかぁ!!」と叫んでいた。
30余人のクラスメートの中でも10人くらいはそうじゃないかと思ったが、それはただ単に私の願望であったかもしれない。

その日から私は生まれ変わった。
風呂に入るときには必ずパンツ持参していくようになったのだ。偉いぞオレ。どこが。
それ以来風呂上がりに母親を呼ぶことは、寝ぼけてパンツと靴下を間違えて持っていった時以外は、なくなった。
今思えば、一つ大人になった瞬間かもしれない。

Written by かず
1999.11.16
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