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2000/08の湾岸署

[2000年08月31日(木)]

「えぇ〜っ!」
フロア全体に響き渡る夏美の声。
「なんで帰っちゃったんですか!」
交通課長に文句を言っている。
「もう、ひどいっ!」
刑事課にもその雄叫びは当然聞こえていた。
「あら、桑野さん帰っちゃったの?」
キョトンとする魚住。
「せっかく送別会やろうと思ってたのにねぇ」
とは雪乃。
「ま、桑野さんらしいよね」
と言いながらタバコの煙で輪を作って遊んでいるのは青島である。
その横の廊下を夏美が頬を思い切り膨らませ歩いていった。
それを目の前で過ごした緒方と森下。
「あれ?今日は飲み会中止?」
「気合いいれてたのになぁ」
「これ、どうしよっかなぁ・・」
とポケットに手を突っ込む緒方。
「ん、なにが?」
と森下が覗き込むと、緒方は小さな箱を出す。
「飲み会のときにやろうと思ったんだけどさ」
と森下に渡した。
「?」
怪訝そうな顔の森下。
「誕生日だろ。やるよ」
と緒方に言われて途端に顔がくしゃくしゃになる森下。
「友よ!」
と叫ぶと緒方に抱きついた。
「あんたたち気持ち悪いわよ」
と、その横をすみれが通っていくのだった。

[2000年08月30日(水)]

「おい」
「なに」
汗だくで立ち番をしているのは緒方と森下である。
話しかけたのは緒方の方からであった。
「おい」
「なんだよ。聞こえてるよ」
「あ、そか」
森下はちらりと緒方を睨んで言う。
「暑さでボーッとしてるんじゃないのか?」
緒方は制帽で首元を扇ぎながら応えた。
「ほら、硫黄の匂いでおかしくなっちゃってさぁ」
「今日はもうだいぶよくなったじゃないの」
「俺はデリケートなんだよ」
と緒方は思いきり顔をしかめて言った。
「そんなことじゃお前は人類の中でも最初に滅亡するぞ」
と森下は笑った。
「なんだその滅亡ってのは」
「どうでもいいだろ。それより何か用事じゃないのか?」
「あ、そだ。明日桑野さんの送別会するからお前も参加しろよ」
「え?桑野さん?明日までなんだぁ」
「そうなんだよ」
「寂しくなっちゃうなぁ」
と森下が呟いたところで、後ろからいつもの怒鳴り声。
「ほらそこっ!立ち番ならピシッとしなさい!」
桑野がダレる二人を目敏く見つけたのだった。
それから長い説教を受ける二人は、桑野の隙を見て
「明日は是非とも万歳三唱で送り出そう」
「あ、それ賛成」
と小声で笑っているのが見つかって、説教が倍になるのであった。

[2000年08月29日(火)]

戻ってきた青島を上目遣いで睨んでいる真下。
「な、なんだよ」
と腰を引く青島に真下が席を立って詰め寄った。
「先輩ですねっ」
「な、何がだよ」
「あれですっ」
と真下は自分のノートパソコンを指さした。
「僕の雪乃さんを返してください」
「何言ってんの?」
「僕のパソコンの壁紙が画面いっぱい先輩の眉毛に変わってますっ」
どんどん詰め寄る真下。
「なんで俺だって決めつけるのさ」
「あんな眉毛は先輩しかいませんよ!」
「ここだけ映ってんじゃ分かんないだろ?」
と青島は自分の右眉を指した。
「あ、やっぱり先輩だ」
「な、なんでだよ」
「見てもないのになんで右眉だって分かるんですか」
もっと詰め寄る真下。
「なんで右眉の壁紙なんですかっ!」
「なに、左の方がよかった?」
「そうじゃなくてですねぇ!」
そこへ雪乃も戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや・・」
口ごもる真下。
代わりに青島が口を開きかけるが
「これがいけないんですっ!」
と、真下はその眉毛をブチッと引っ張った。
「いてぇ!」
と響く青島の叫び声。

[2000年08月28日(月)]

とんぼを目で追う真下。
「夏も終わりですねぇ」
そのとんぼは青島の頭に一度止まり、飛んでいった。
「今頃子供達は夏休みの宿題に追われてるんだろうね」
「先輩は宿題やらなかったタイプでしょう」
「そんなのにタイプも何もあるかよ。でもやんなかったけどね」
と笑った。
少し雲のかかった夕焼けを見る真下。
「そういえばすみれさんは今年の夏も長袖でしたね」
「そうだね」
「寒がりなんですかね」
「・・・・」
青島はタバコに火を付けた。
吐いた煙を見つめながら、いつか見た右腕の傷を思い出していた。
「そうだね。これからどんどん寒くなるから辛いかもね」
口ではそう言った。
その横を
「宿題見せてくれよ〜」
と言いながら子供達が走っていく。
追う方の子供は青島に、追われる方は真下によく似ている。
思わず目を見合わす青島と真下。
「僕と先輩が同じ学校だったら、きっとああなってましたね」
と真下。
「お前ケチそうだから見せてくれないんだろうね」
青島も笑った。
「ケチではないけど見せませんよ」
「なんでさ」
「僕も宿題やらないタイプなんです」
そう言って笑う二人の先に、今日もオレンジ色に照らされた湾岸署がそびえ立っているのだった。

[2000年08月27日(日)]

「どうもありがとうございました」
若い父親はすみれに丁寧に頭を下げた。
「いえ、私も楽しかったですから」
すみれは心からそう言って返した。
愛の父親が出張から帰り、署に愛を迎えに来たのだった。
「おねーちゃん、ありがとう」
にっこり笑って手を振った。
「学校はじまっても頑張るんだぞ」
そういうと、すみれも手を振って別れた。
すみれが刑事課に戻ると青島が声を掛けた。
「お、それお土産だね。すみれさん、それ目当てなんじゃないの?」
タバコをくわえて笑っている。
「あら、ばれた?」
と菓子箱を見せると、すみれは自分の席に座った。
「寂しいでしょ」
後ろから話し掛ける青島。
「ちょっとね」
と二本の指をかざしながら答えた。
「三日間ずっと一緒だったんだろ?」
「うん、お風呂も一緒に入ったし・・・」
「いいなぁ。俺が代わりたいよ」
「何で私が青島くん預からなきゃいけないのよ」
「違うよ。すみれさんと代わりたいっていったの」
「なに?青島くん、ロリコン?」
目を見合わせる二人。
「それ、なに?」
青島は菓子箱を指して訊いた。
「きっとクッキーとかそういうのね」
と軽く振ってみた。
「開けもしないでよく分かるねぇ」
「超能力よ」
微笑むすみれ。
「食べ物にしか効かない超能力だね」
と青島は茶化すが
「他の能力なんて欲しいとも思わないわ」
と、すみれは当然のように、応えた。

[2000年08月26日(土)]

「あら、愛ちゃん」
雪乃がすみれと一緒にやってきた少女を見つけた。
「おはようございます」
少女は元気に挨拶をした。
「愛ちゃん、お父さん出張でいないんだって。親戚も旅行でいないらしくって、うちで預かることにしたの」
すみれが説明をしている後ろを、桑野と何かが通っていった。
「あ、ワンちゃん」
それを見つけたのは愛であった。さっそく駆け寄って撫でている。
「パスタ!」
すみれと雪乃も同時に叫んだ。
「ここに来るのももうちょっとだからね。連れたきたのよ」
桑野は笑ってそう言った。
パスタも舌を出しながらオンッと鳴く。
「しばらく見ないうちに大きくなったわねぇ」
と雪乃が頭を撫でると気持ちよさそうに尻尾を振った。
「私よりも背が高そうね」
と言いながらすみれが近づくと、急に桑野の足元に逃げ隠れるパスタ。
「私が何をしたっていうのよ。あんた相変わらずねぇ」
とふくれて見せるすみれ。
「残念だなぁ」
と後ろから声を掛けたのは真下である。
「今日は副署長、署長と一緒に接待ゴルフなんですよ。いれば叫び声上げながら抱きついただろうになぁ」
皆忙しい仕事の合間にもパスタを見ては触ってはして和んでいたが、パスタは一人暑そうに舌を出し続けているのだった。

[2000年08月23日(水)]

「よっし」
ミニパトから降り立つ脚は夏美である。
「今日も頑張らなきゃなぁ」
と太陽を睨み気合いを入れると、違法駐車の列を順番にチェックをはじめた。
「石ころ石ころ・・」
と、タイヤに置く石を探し見渡す。
「前は空き地だらけだったから石ころ探すのなんて容易かったのになぁ」
とブツブツいうが、やっと遠くに見つけ小走りになった。
前屈みになって適当に石を拾う。
すると
「空き地署かぁ」
と寄ってくる男に気付いた。
顔を上げてみると、顔の四角い男が立っている。
「やっぱり空き地署は石拾いなんかするんだなぁ」
とニヤニヤ笑っている。
夏美はその時ようやくその道から向こうが勝鬨署の管轄であることを思い出した。
「勝鬨署は隣の婦警に声かけるくらい暇なんですね」
と夏美は言い返す。ピクリと眉を上げる刑事。
「だいたいお前らなぁ・・」
と言いかけると
「コラァ!」
と、怒鳴り声が響きわたった。
それを聞いて一瞬刑事がヒッと唸ったのを夏美は聞いた。
振り返ると、夏美が乗ってきたミニパトの助手席から降りてきた桑野が立っていた。
「なにやってんの、あんた」
顔ごと仁王立ちである。
「いや、いえ、桑野さんお久しぶりですねぇ。あはは」
刑事はシドロモドロになっている。
「今月いっぱいで帰るわよ。私がいない間に勝鬨署もダレてるようね。バシバシしごくよ」
不敵に笑う桑野。
刑事は再度ヒッと唸ると、どこかへ逃げて行ってしまった。
「なんで私がいないとダレちゃうのかねぇ」
呆れ顔の桑野。
「それをしごくのがまた快感なんでしょ」
夏美は笑った。
「だいぶ篠原も私のことが分かってきたようねぇ」
と、桑野も笑い返したのだった。

[2000年08月22日(火)]

「すっかり明るくなっちゃいましたねぇ」
「なに言ってんだ?おめぇ」
夜の街を署に向かって歩く青島と和久である。
「夏も終わっちまうし、日ぃ暮れんの早くなってんじゃねーかよ」
いつもの口調の和久。
「いや、だからですよ」
と返す青島。
和久はあやしそうに見つめた。
「ほら、僕が来た頃はこの辺はずーっと空き地で、灯りなんて無かったじゃないすか」
と、眩しく点滅するネオンを見上げてたばこに火を付けた。
「そうだったかなぁ」
和久もつられて辺りを見渡した。
「あんまり店もなかったからいっつも付き合わされるのはだるまだったし」
吐き出した煙がゆっくり宙に溶ける。
「今でもそうじゃねぇか」
肘で青島をつついて笑う和久。
「お前はチャラチャラしてるって、飲むたびに説教されて」
とたばこの火でクルクルと円を描く。
「今でもそうじゃねぇか。っつうことはおめぇはいまだに成長してねぇってことだな」
和久は笑った。
「和久さんもね」
青島も笑った。
そんな二人の背中は、どこまでも街灯で明るく照らされているのだった。

[2000年08月21日(月)]

「お、いいの貰ってきたじゃねーか」
帰ってきた真下に和久が声を掛ける。
「酒屋の親父さんがどうしても持ってけって言うから」
と、抱えてきたワインボトルを自分の机にボンと置いた。
「なかなかいいワインじゃないのぉ?」
と顔を出したのは魚住。
「お前さん、分かるのかい」
と和久。
「私はこれでもソムリエの資格持ってまして・・」
魚住は照れ笑いしながら、ボトルを手にすると簡単にラベルを見る。
「あぁ、これはフランスのワインですね。あっさりしてて飲みやすいですよ」
と説明した。
「じゃ、チーズでも買ってきて暑気払いしましょっか」
喜ぶ真下。
「あぁ?ワインにチーズで暑気払いか?」
嫌な顔をする和久に、
「たまにはワインもいいですよ。おフランスの香りを感じましょうよ」
と魚住。
「おい真下、このワイン持ってってビールに替えてもらってこい」
という和久に、いつしか一同は笑い声に包まれていた。
それを横目で見ながらボトルをクルクルまわして眺める雪乃とすみれ。
ラベルの裏側には日本語で
『イタリア産』
と書かれているのを見つけた。思わず目を合わす二人。
「魚住さん刑事やりすぎちゃって勘が鈍っちゃったのね」
「でもワインとチーズで暑気払いなら私たちもおよばれしましょうよ」
と、二人ニッコリ笑った。

[2000年08月20日(日)]

「よっ、刑事の兄ちゃんじゃねーか」
突然後ろから声を掛けられて驚く青島。
振り返ると寿司屋のオヤジが自転車の上から笑っている。
「こんなとこでサボってんのか?変わってんなぁ」
「こんなところでサボんないすよ」
頭を掻く青島は、住宅街の電柱の陰に立っていた。
「それより出前じゃないんすか?」
荷台を見て言う青島。
「いや、盆を下げてきたとこだい」
一言喋るたびに大声で笑う。
困った顔の青島。
「兄ちゃんの方はなんだ。張り込みってやつかい?」
一応オヤジもあたりを気にしながら訊くが、その声は大きい。
「えぇ、まぁ」
足元の吸い殻を足で集めながら応えた。
「最近この辺にも女の子に破廉恥なことする奴がいるらしいからなぁ」
「えぇ、そいつを捕まえようと思って」
「おぉ、こりゃ頼もしいや。うちの美香もおちおち使いにも出せねーからなぁ」
「そうっすねぇ」
青島は集めた吸い殻をビニール袋に入れながら返事をする。
「お、そうだ。美香が兄ちゃんが食いに来たらたんとご馳走してやってくれって言ってたから・・」
「あぁ・・」
何かを思い出して急にドギマギする青島にオヤジは続けた。
「兄ちゃん、うちには来んなよ」
「え?」
「ほら兄ちゃんなかなかの男前だけど、刑事だしなぁ。刑事じゃうち継げねぇだろ?」
「はぁ・・」
「一人娘だからよ。旦那になるにはうちの寿司屋を継いでもらわねーとなぁ」
そういうとまた高らかに笑った。
「ま、そういうことなんで、張り込み頑張ってくれよ」
そういうと、自転車をこぎ出して、青島の横を走っていった。
「・・・なんなんだ」
呟く青島に、
「刑事さんガンバレよー!」
と遠くから一段と大きな声を張り上げ、オヤジは角を曲がっていった。
ちょうど入れ違いに戻ってきた和久は、その声の曲がった角を振り向き見ながら訊いた。
「なんだありゃ」
「ははは・・・」
笑うしかない青島。
「脱刑事したら、寿司屋みたいっすよ、おれ」
不思議そうに首を傾げる和久。
「とりあえず今日はもう張り込み無理っすね・・」
と青島は、ビニールの口をきつく縛った。

[2000年08月19日(土)]

青島は受話器を取ると忙しくダイアルボタンを押した。
本庁の廊下を歩く室井の携帯電話が鳴る。
「室井です」
「あ?」
電話の向こうから聞こえる素っ頓狂な声に眉をしかめる室井。
机に腰掛けタバコをくわえる青島。
「あ、青島です」
「・・・青島か。なんだ」
「相変わらず冷たいですねぇ。せっかく電話したのに」
「・・・」
「お元気ですか?」
「元気だが?君は・・元気そうだな」
「えぇ、相変わらずです」
「用件はなんだ、忙しいんだが」
室井は分厚い書類を小脇に抱えている。
「実はですねぇ」
続く言葉を待つ室井。
「うちの所轄でちょっとした事件が起こりまして」
室井の顎が一瞬上がる。
「でタクシー呼ぼうと思ったら、室井さんにかけちゃいました」
続く笑い声に、上がった顎が肩と共に落ちる室井。
「すいませんでした。お仕事頑張ってください。じゃ、失礼しまーす」
と、一方的に切る青島。
室井の耳には発信音だけが残る。
しばらく携帯を見つめたあと、素早くたたみ胸ポケットにしまうと、また室井は歩き出すのだった。

[2000年08月18日(金)]

「そろそろ・・かな」
「そろそろ・・ですね」
真下と魚住が廊下を見て呟いている。
「かわいい!」
その廊下では婦警達が未だ私服姿の岸本婦警を囲んでいる。
「大輔より500gも大きかったのよぉ。もう大変!」
と、赤ちゃんをみんなに見せている。
その横を仏頂面で通り過ぎる桑野は
「青島っ!」
と叫んだ。
「なっ、なんすか!?」
反射的に首をすくめる青島。
「いつになったらシャツにアイロンかけてくんの?」
その襟首を捕まえている。
「いや、これはファッションすよ。ほら無造作ヘアが今の流行りだし・・」
「お前のは無造作じゃなくて無様っていうのよっ」
「あ、明日はちゃんとアイロンかけますから・・」
「昨日もそう言ってたでしょ。ほら来なさい。アイロンあるからビッチリかけてあげるわ」
「あっ、セクハラっすよ。い、痛いっ」
そのままどこかへ連れて行かれる青島。
「そろそろ・・だね」
その青島を見送りながら、再度呟く魚住であった。

[2000年08月17日(木)]

打ち寄せる波は静かだった。
沈みかけの太陽は空と海に飽きたらず、レインボーブリッジまでもオレンジ色に染めている。
「ちょっと休もうか」
と、海岸沿いのベンチに腰掛ける青島とすみれ。
「今日も疲れたわねぇ」
ノビをするすみれに、青島は缶コーヒーを差し出した。
「ありがと」
とプルトップに手を掛けるすみれ。
「俺達もあんな風に見えるのかねぇ」
青島の呟きに目をやると、海岸に沿って多くのカップルが座り寄り添っている。
「まぁ、落ちこぼれ刑事と美人刑事には見えないわよねぇ」
と笑うと、コーヒーに口を付けた。
「誰が落ちこぼれだって?」
一応怒ってみせたあと自分のコーヒーを一気に飲み干す青島だったが、
「飲んだ端から汗になるよ」
と言うと、シワシワのハンカチで汗を拭った。
「しっかし、盆過ぎたのにまだまだ夏だねぇ」
とそのハンカチを絞ってみせるが、さすがに何も出ない。
ニッコリ笑ってふたくちめのコーヒーに口を付けるすみれだったが、その瞬間何かを見つけた。
「そうでもないみたいよ」
と言われて青島も同じところに目をやると、
赤とんぼがオレンジ色に焼けながらゆっくりと、飛んでいた。

[2000年08月16日(水)]

「先輩は墓参り行きました?」
「いや、仕事だよ。お前みたいに盆の忙しいときに休まないし」
「僕だって休みたくて休んだわけじゃないですよ。父が・・・」
「子供じゃないんだからお父さんのせいにするんじゃないの」
テレポート駅から出てきた青島と真下。
太陽の光に目を細めている。
「うちの家系って警察官多いんですよ。その割に殉職者が少ないって僕のおじさんが威張ってました」
「お前も威張ってんのか、それを」
「いや・・そうじゃないですけど。僕もその分じゃ安泰かなぁって」
「一度死にかけてるくせに安泰も何もないだろ」
「だから余計ですよ。僕の未来は明るいんです」
胸を張る真下。
「お前ね、ひとつ言っとくけど」
くわえかけたタバコをまたしまう青島。
「お前の家系は警察官が多いんじゃなくて、警察の人が多いんだ。現場知らなきゃ殉職もしないからな」
と言われて、複雑な顔をする真下だった。

[2000年08月12日(土)]

「お前、もうちょっと運転落ち着いてできねーのか?」
信号待ちのため止まった車内で、ようやく和久が口を開いた。
「いつも落ち着いてますよ。落ち着いてないのは和久さんの方っしょ」
青島が返した。
「寿命が縮むかと思ったぞ」
と和久が言うと
「それ以上縮んだら、明日には死ななきゃならないっすね」
と青島。
「うるせーなぁ。ほら、前見ろ」
信号が青に変わる。
「うっし」
アクセルを踏み込むと
「ほら、和久さん、なに慌ててるんですか」
と横を見て笑う青島。
「お、おめー、ほんとにもう一回免許取り直せ」
と和久は、身体を硬直させてそこら中に必死で捕まるのだった。

[2000年08月11日(金)]

「あれ?どうしたんですか?」
夏美が何かを抱える青島を見つけた。
「あ、こんなとこで奇遇だねぇ」
と青島は笑った。
「毎日各課で使った雑巾や布巾を当番が洗うんですよ」
「あ、そか」
ここは洗濯機の前。しっかり乾燥機も装備しているが夏は使わない。
何持ってるんですか、と訊かれ広げて見せたのは緑のコート。
「あ、こんなところに・・」
と夏美が指さしたところに小さなシミが出来ている。
「こないだエアコン壊れたときに、これみんなでまわして着てたんだよね」
と憮然とする青島は
「今日見たらこんなとこにシミついててさぁ。まったく・・・」
と口を尖らせている。
「それで洗いに来たんですね」
とニッコリ笑う夏美に、そだよ、と笑って応える青島。
「じゃこれ、私が洗っときますよ。ついでだし」
「あ、助かるぅ」
とコートを渡した。
「じゃ、よろしくぅ」
と青島は行こうとしたが、クルッと振り返り
「雑巾と一緒に洗わないでね」
と言い残していった。
夏美はさてどうしようとコートを広げてしばらく眺めていたが、そこへすみれが顔を出す。
「あ、青島君のコート。洗うの?」
「あ、ええ。ついでだし」
「布巾とそんなコートを一緒に洗わないでね」
と不機嫌そうに言って、去っていった。
雑巾の山とコートを見比べる夏美だったが、
「よし」
というと、雑巾もコートも洗濯機に放り込み、スイッチを入れたのだった。

[2000年08月10日(木)]

「すみれさんて脚が太いの?」
突然青島が訊いた。
書類書きしながらすみれはサラッと
「知りたい?蹴られてみる?」
と返した。
ゲッとうろたえる青島に、椅子ごとクルッと振り返ったすみれが
「何よ突然。それ、セクハラじゃないの?」
と怒って見せた。
「セクハラセクハラって、すみれさんセクハラ好きだねぇ」
「好きじゃないわよ、んなもん」
「怒らないでよ。ド〜ド〜ド〜ド〜」
「いきなり『脚太いの?』なんて訊かれたら怒るわよ。『脚細くて綺麗だね』くらい言えないの?まったく」
だってさぁ、と言いながらタバコをくわえる青島。
「すみれさんいつもパンツ履いてるんだもん。脚見えないじゃない」
「あ」
自分の下半身を見るすみれ。
「そういえばそうねぇ」
「スカート履かないよね」
「被疑者追っかけるのに邪魔だからねぇ」
「あ、そっか」
と、やっとタバコに火を付けた。
「でも普段から履かないよね」
「あんまり持ってないのよ」
「振り袖は持ってるのに?」
「あれは借り物よ。智子・・・友達から借りたの」
と言ったところで思いだしたすみれ。
「で、なんで突然脚なんて気にするのよ。スケベ」
「そんなんじゃないのよ、これ見てよ」
と出したのが、どこから持ってきたのかマニアージュ。
「ほら、ピンクサファイアは脚がこんなに細いんだよね」
「だから?」
「え、いや、その・・別に」
「何なのよ。あっ、ひょっとして青島君、ピンクサファイアマニアになったの?」
「や、やだなぁ。オレの恋人はモデルガンだよ」
「どっちにしても威張れることじゃないわよ」
えへっと笑う青島からタバコの灰が落ちたのだった。

[2000年08月09日(水)]

「あれ?しっぽ?」
すみれと雪乃が同時に前を歩く青島の尻尾を見つけた。
「なんでしょうねぇ」
「引っ張っちゃえ」
えいっ、と紐を引っ張るとぶら下がっているのはお守りであった。
「あ、これ」
目を見合わせるすみれと雪乃。
「懐かしいわねぇ」
「すっかりボロボロですね」
と笑った。
「あれっ?」
自分の後ろポケットの違和感に気付いた青島はその部分に手を当てたまま振り返る。
「あっ、何スッてんだ」
とすみれの前で揺れているお守りを見つけた。
「こんなオンボロなお守りスラないわよっ」
はいっとすみれから渡されると大事そうに眺めた。
「それ、凄い効きましたよねぇ」
雪乃は何かを思い出しているようだった。
「そう?私は殴られてから貰ったからよく分かんなかったわ」
すみれは笑って見せた。
「真下さんの時も守ってくれたし、お陰でますますボロボロになっちゃったけど」
雪乃も笑った。
「そりゃそうだよ。御利益があるんだよ。なんと言っても靖国神社だからね」
と自慢気な青島。
「靖国神社は何の御利益があんの?」
すみれが意地悪く見上げた。
「さぁ・・・。オレも人づてに貰ったからなぁ」
と言うと、三人で笑った。
「それにしても」
と雪乃。
「私もすみれさんも真下さんも守って貰ったのに、青島さんだけ御利益無かったんですね」
「二度も人から刺されたしね」
とはすみれ。
そんなことないよ、と青島はお守りを見つめた。
「二度も刺されたのにこうやってちゃんと生きてるんだから、効き目はバッチリさ」
と、またいつものところにそれをしまうのであった。

[2000年08月06日(日)]

「なんだ?あれ」
朝から汗だくで出勤してきた青島が、刑事課を見てつぶやく。
「今日は何の日だっけ?」
中を往来する刑事たちが、皆長袖の制服を着ているのである。
「日曜日だからまた子供達が来たりするのかな」
いつも魚住の話を適当に聞いている青島は、あまり行事に詳しくない。
「でも、そんな話しあったっけなぁ」
と首を傾げながら刑事課に入ると、
「おは・・うわっ!」
と叫んでしまった。
みな青島の方を向く。
「な、なんなの?この寒さっ!?」
両手で肩を抱きしめると、やはり制服に身をまとったすみれが
「エアコン、直して貰ったばかりなのにまた壊れちゃったの」
「へ?」
「温度調整が出来ないのよ」
と飲んでいるのはホットコーヒーである。
「切ったら切ったで暑いですしねぇ」
とは雪乃である。
「青島さんも制服着た方がいいですよ。風邪ひいちゃいますよ」
と言われて思いだした青島。
「あ。オレ制服全部クリーニングに出したままだ・・・」
「そりゃ大変だ。明日まで電器屋さん来られないって」
と魚住が呟くが、
「あっ!」
ロッカーに駆け寄る青島。
大きな音を立てその扉を開けると
「あったぁ」
と、安堵のため息。
「?」
一同が見ると
「ジャーン」
と何故か自慢気に、冬の緑のコートを着て立っている青島がいた。

[2000年08月05日(土)]

夜も更けた頃、チャルメラの音が遠くから近づいてきた。
「あ、ラーメンですね」
最初に気付いたのは真下だった。
「暑いときに汗かきながら食べるラーメンも旨いよねぇ」
と青島が続く。
「残念だなぁ。さっき晩ご飯食べたばかりだもんなぁ」
と胃のあたりに手を当てる真下。
「すみれさんだったら、そんなのお構いなしに食べちゃうね」
と青島は笑った。
「前もさ、『女の子は美味しい物食べるために生きてるのよっ』って息巻いてたしね」
「チャルメラの音も止まったし、今頃食べに行ってるかもしれませんよ」
と二人で笑うと、その後ろにすみれが仁王立ちになっていた。
「おあいにくさまっ」
と、自分のカバンを机に乱暴に置くと腰に手を当て
「あなたたちこんなに長く私と付き合ってて、分からないのね」
と怒っている。
「何が?」
「私はね食いしん坊だけど、大食漢じゃないのよ」
「はぁ」
「今日だってほら、わさびラーメンだけだったし、大食いだなんて思われたら心外だわっ」
と椅子に腰掛けた。
真下と青島は顔を寄せヒソヒソと
「食いしん坊と大食漢って違うのか?」
「違うみたいですよ」
「わさびラーメンがどうとか言ってたけど?」
「晩ご飯がラーメンだったからもうラーメンは食べたくないってことじゃないんですかね」
「なんだ、そういうことか」
その向こうから振り返りもせずにすみれは
「どうしても私を大食いにしたいみたいね」
と、呆れた声を出した。

[2000年08月04日(金)]

「すみれさんって、可愛いね」
青島である。
「な、なんなのよ」
たじろぐすみれ。
「色は白いし髪の毛はサラサラ」
「・・・」
すみれはジッと青島を見つめている。
「ホッペもプニプニで気持ちがよさそうだし、背もちっちゃくて女の子みたいだ」
宝塚の男役のようになっている青島。
「美味しい物には眼がないし、キックは強いし・・」
台詞が無くなったらしい。
「そこでだね」
「なによ」
「今日、当直代わってくんない?」
「やーよ」
「いいじゃない。誉め殺してあげたんだから」
「未遂にもなってないわよ」
呆れて書類書きに戻るすみれ。
「それに自分だって昨日言ってたでしょ。『係が違う』って」
「そこをなんとか」
すみれからは見えないが両手を合わせているらしい。
「何かあるの?あ、美香先生とデートでしょ」
「そ、そんなわけないだろっ」
「なにムキになってるのよ。怪しいわね」
「いや、今日は新しいモデルガンの発売日なんだよ」
「こんな平日に?」
「ほら、金曜日じゃない。会社帰りのサラリーマンが並ぶんだ」
「ふーん。でもダメよ」
「やっぱり・・」
「誰かに頼めばいいじゃない」
「だからすみれさんに頼んでるんじゃないか」
「違うわよ。買い物を頼むのっ」
「自分の脚で買いに行くのがいいんじゃないかぁ。それにみんな今日都合悪いんだって」
「それにね」
と、クルッと振り返るすみれ。
「私も今日当直なの。残念でした」
しばし無言になる青島。そのうち
「さっき誉めたの、返してくんない?」
などと言いだし、わけわかんないこと言わないでよ、とすみれに怒られるのだった。

[2000年08月03日(木)]

「なんでここのエアコンはこんなによく壊れるんだ」
刑事課一同椅子の上でグッタリしている。
「去年も壊れてたよねぇ。買い換えだ買い換え」
と魚住は叫ぶが
「経費節減で予算も減ってるんだ。そんな余裕無いよ」
と袴田は扇子で扇ぎながら唸った。
電話のベルも怠そうに鳴っている。
緩慢な動作で受話器を取ったのは真下。
「はい、はい。分かりました」
受話器を置いて一同を見るが、みな死んでいる。
「駅前の電気店でエアコン強盗です。店長がケガしてるみたいです」
と言うと、和久が
「早く行ってとっ捕まえて押収品持ってこい」
と力無く笑った。
青島が
「よし、じゃ雪乃さん行こうか。店で涼んでこようよ」
と言うと、途端にみんな立ち上がって出る支度をはじめた。
「すみれさんは係違うでしょ」
と、青島は後ろのすみれに突っ込むのだった。

[2000年08月02日(水)]

「久しぶりですね。一緒に出るの」
「そうだったかねぇ」
セミの大合唱の中歩くのは真下と魚住である。
「今日は青島君非番だもんねぇ」
「・・・」
「真下君?」
「・・・」
「真下君ってば」
「あっ、すいません。ちょっと考え事を・・」
「なんだい不意に」
「いや、ちょっと」
ハンカチで汗を拭う真下。
「真下君でも悩み事があるんだ」
「僕だってそりゃあ悩みくらい・・ありますよ」
最後はボソボソ言って聞き取れない。
「なんだい。僕でよかったら相談に乗るよ」
「え、いや、今考えてたのは何でもないんです」
「水くさいなぁ。僕は君より長く生きてるんだからねぇ。言ってみなよ」
「いや、ホントに違うんです」
「本店のことかな?いつまで所轄にいるんだろう、とか?」
「いや、ホントに・・」
「あ、じゃあ雪乃さんのことだろ。ガード堅いもんねぇ」
「いや、違うんですっ。ただ・・」
「ただ?」
「すみれさんから『帰りにお昼ご飯買ってきて』って頼まれて、何にしようかと」
「・・・それは大事な問題だね、うん」
と魚住が見上げた電柱から先ほどまで鳴いていたセミが一匹、羽ばたいた。

[2000年08月01日(火)]

「課長、お客さんすよ」
青島が呼ぶと、珍しく書類書きをしていた袴田が顔を上げた。
「あ?私にか?」
とハンガーの制服にかけた手は、青島の背後を見た瞬間ピタリと止まった。
「な、波子」
青島の背に隠れるようにしている女性が、舌を出して恥ずかしそうに笑って見せた。波子である。
「お前、今日から旅行行くんじゃなかったのか?」
「これから行くのよ。はい、これ」
と大きなリボンのついた袋を手渡された。
「ん??」
リボンを解いて中を見ると、サマーセーターが出てきた。
「お前・・これ・・」
「誕生日おめでとう。パパ」
「な、波子ぉ」
泣きながら喜んでいる袴田。
「たまには孝行しようと思ってね。なんとか間に合ったわ。でも作り方分からないから友達のうちに泊まりがけで・・」
と波子は笑った。
隣で聞いていた青島は
「へー、これ手作りなんだぁ。上手に出来てるじゃない・・」
と手を出そうとすると
「触るなっ」
と袴田は背を向けた。
「なんなんすか。昨日はあんなに・・」
青島がブツブツ言いかけると、
「まぁまぁまぁまぁ」
と袴田はその口を慌てて塞いだ。
そのやり取りをキョトンと見ていた波子は
「ママからサイズ聞いたんだけど、合わなかったらゴメンネ。じゃ行くから」
と大きなカバンに手を掛けると
「パパもお仕事頑張ってね」
と言い残して去っていった。
それを見送りながら
「なんだ。いい娘さんじゃないですかぁ」
と笑う青島と
「いい娘なんだよ・・」
と半泣きの袴田。
そのやり取りを聞いていたすみれは
「パパねぇ・・」
と、一日遅れのウナギ弁当を頬張ったのだった。

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