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今日の湾岸署・特別編

これは2000/05/13の今日湾とのザッピングです
「はぁ〜、やっと終わったぁ」
青島が背もたれに体を預ける。
今日は朝から書類書きだけやっていて、もうすっかり夜である。
「お疲れさま。青島さん、もう帰るんでしょ?いいなぁ〜」
「あ、今日は雪乃さん、当直だもんねぇ。がんばってね」
「はい。それにしても最近、青島さんって残業が多くないですか?」
と雪乃が言うと、和久が横から口出しする。
「仕事が遅いんだよ」
「そんなこと言って自分だって残ってんじゃないすか。指導員って残業手当付くんすか?」
「ばかやろぅ。警察が金にこだわるんじゃないよ。・・・ったく」
「はいはい。じゃ、もう帰りますね」
と言ってデスクを片づけていると、夏美が刑事課にやってきた。
「あっ、青島さん。いま青島さんにお客さんが来てるんですけど」
「あっそう。誰?」
「えっと、田中文夫って言ってましたけど・・・お知り合いですか?」
その瞬間、刑事課の空気がくもる。皆が雪乃の表情を見る。
驚いた顔の雪乃は少しうつむいている。
すかさず、すみれが夏美に近寄る。
「ちょ、ちょっと夏美ちゃん、こっち来て」
と、刑事課の外に連れ出す。
「ど、どうしたんですか?あ、ちょちょっと・・・」
と言いながら、すみれに連れていかれる夏美。
静まり返る刑事課。
青島、雪乃を見て、和久に囁く。
「・・・和久さん。ちょっと行ってきますね」
「おう。こっちの事は気にするな。おれがなんとかするから」
和久もつられて小声になる。
青島は立ち上がり、雪乃をチラッと見て刑事課を出ていった。
和久はうつむいている雪乃に話しかけた。
「大丈夫か? 雪乃さん」
「えぇ、あ、はい。大丈夫です・・・」
という雪乃の声はやっと聞き取れるくらいだった。
しばらくすると、すみれが戻ってきた。
席に座り和久に小さく話しかける。
「どうですか?」
「ん・・・いい想い出じゃねーからな」
「そうですね・・・。青島くん、大丈夫かしら」
「そうだな。あとはあいつに任すしかないかな・・・」
と言って雪乃を見る二人。

壁の方を向き、顔を隠すように下を見ているのは田中文夫である。
青島が近づくと、それに気づき振り返り深々と頭を下げる。
「どうも」
「お久しぶり・・・って言うのもなんだけど、こんばんは」
「出てこられたので、皆さんにお詫びでもしようかと思いまして・・・」
「そっか。でもここに来るのは、ちょっとマズかったかな・・・」
「え、どうしてですか?」
「ここに、あの時の・・・ん〜なんて言ったらいいのかなぁ」
「・・・・」
「つまり・・・ここに柏木満男さんの娘がいるんです。刑事になったすよ、彼女」
「!! そ、そうだったんですか。す、すいませんでした」
出ていない汗をハンカチで撫でる。
「・・・で、今は何をしてんすか?」
「なかなか仕事に就けなかったんですが、やっと仕事が見つかりまして・・・」
「なんの仕事?」
「営業です。他の仕事は知らないので・・。この近くなんです、会社」
と言って、名刺を差し出す。
「湾岸商事・・。あぁすぐそこの会社だね」
「えぇ、社長が良い方で・・・」
「そっかそっか。うん、頑張ってね」
「ありがとうございます。じゃ帰ります。失礼しました」
また深々と頭を下げて帰っていく田中。
その後ろ姿を見て、少し青島は微笑んだ。
が、振り返って刑事課に戻っていく頃には もうその微笑みは消えていた。

廊下の途中で夏美が青島を見つけ話しかける。
「なんかわたしマズい事言っちゃいましたね・・・」
「大丈夫。なんとかすっから」
「そうですか・・・お願いします」
といって戻る夏美を見つめる青島。
「・・・なんとかするっていってもなぁ・・・どうしよ」
と呟き、髪の毛をかきむしりながら刑事課への歩を進めた。

刑事課は相変わらず話し声ひとつない気まずい雰囲気。
戻ってきた青島を皆が見つめる。
その青島は席に着かず、うつむいてる雪乃の隣に立った。
「雪乃さん・・・大丈夫?」
「・・・大丈夫です・・・」
と返す雪乃の頬には涙が落ちている。
無言で雪乃の肩をそっと叩き、席に戻る青島。
座るとほぼ同時に、和久。
「どうだった?」
「やっと仕事が見つかったみたいで、挨拶に」
「ほ〜、あいつもこれから大変だろうなぁ・・・」
すみれも小声で話しかける。
「でも、なんでここに来たのかしらね。雪乃さん居るのに」
「彼は雪乃さんのこと知らないっしょ」
「そっか・・・」
突然、雪乃が席を立ち、走って刑事課を出ていった。
「ゆ、雪乃さん!」
青島が追おうと席を立つと、和久がその腕をつかみ、
「・・・大丈夫だ。あの子は・・・」
青島は、和久の目を見て無言で席に座った。

湾岸署玄関。
うつむきながら歩いている田中。
振り返り 湾岸署を見上げて、また下を向き歩きだす。
「待って下さい!」
という突然の声に驚く田中。
振り向くと少し離れたところに、走って来て息を切らしている女性が立っている。
雪乃、喉を押さえながら話しかける。
「あの、わたし・・・」
田中はその表情を見て、その女性が誰であるか気づく。
「も、もしかして・・・」
うつむき、か細い声で答える雪乃。
「はい、柏木です・・・」
田中は振り返り、走り去ろうとする。
「待って下さい・・・」
田中は立ち止まったが、振り返らずに下を向いて立っている。
「あの・・わたし・・・」
「もう絶対には来ません! ・・・すいませんでした!」
と田中が頭を下げ、声を張って言う。
雪乃もなかなか声を出せずにいたが
「・・・わたし、もう大丈夫ですから・・・」
と一度小さく言うと、涙を拭い繰り返す
「大丈夫ですから・・・」
田中。振り返り雪乃を見つめ、
「・・・あ、あの・・・でも・・ぼくは・・・」
雪乃。田中に優しく微笑みかけ、
「これからもいろいろと大変でしょうけど・・・、お仕事、がんばって下さい」
田中。顔を歪ませ、その瞳に涙があふれ出す。
両手は自然に地についていた。
「・・・本当にすみません・・すみません・・すみません・・・」
と、流れ出る涙を止められないまま、幾度と無く地面に頭をぶつけた。

静かに時が過ぎていく刑事課。誰一人、帰ろうとしない。
雪乃が戻ってきて席につく。
うつむいたままの雪乃に誰も声を掛けらずにいた。
その沈黙を破るように、電話のベルが鳴る。
青島が受話器を取った。
「はい、刑事課。はい、はい。あぁ、そうですか・・・」
チラッと雪乃を見た。
「分かりました。すぐ行きます」
受話器を置くと、和久が青島に訊く。
「なんだ、事件か?」
「はい・・・海浜公園で女性が襲われて腕を怪我したそうです」
「じゃ、おれも行くか」
「それが・・・ちょっと・・・」
「なんだ? おれじゃ不満か?」
青島が少し小さい声で、
「被害者、外国人なんすよ・・・」
「外人かぁ・・・参ったなぁ・・」
すると、雪乃がサッと立ち上がり、青島を見て、
「私、行きます」
青島、雪乃を見て、
「・・・大丈夫?」
「はい。もう平気です。さ、行きましょ、青島さん。」
「あ、うん・・・」
「じゃ、行ってきます」
と、早々と刑事課を出ていく雪乃。
青島がその背中を黙って見つめていると、和久が答えた。
「大丈夫だよ。あの子は立ち直ったんだ」
「強くなったわね、雪乃さん」
すると雪乃が振り返る。
「青島さん、早く早く!」
「あ、はいはい。じゃ、行ってきま〜す」
「行ってらっしゃい」
と返したすみれの声同様、刑事課の空気も明るくなっていた。

玄関を出ようとすると不意に雪乃が話しかける。
「青島さんがいなかったら、わたしもここにいなかったんですよね?」
「ん?なんのこと?」
「いえ・・・なんでもないです」
と言って微笑む雪乃。
しばらくして青島が雪乃に話しかける。
「さっき、雪乃さんの後ろ姿見てたら、なんとなく思ったんだけど・・・」
「はい? なんですか?」
「いやね。なんか雪乃さんが大きく見えたんだよね」
「あ〜!それってわたしがデカい女ってことですかぁ? 失礼です! 女性にそんなこと言うのは」
「ち、違うってば。 そういうんじゃなくて・・・」
「もういいです! 青島さん、きら〜い!」
と言って、脹れて早歩きで先に行く雪乃。
青島、立ち尽くし、
「ちょ、ちょっと待ってよ」
と言って後を追いかける。
雪乃は追いかけてくる青島を、少し笑いながら待っている。
今までの雪乃とは少し違う、とてもスッキリした表情だった。
Written by えびりょう
2000.5.13
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