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退院

今日はクリスマスイブだ。
ホントなら彼女でも連れて近くのレストランかなにかで楽しいディナーでもとっているところだ。この腰さえなければ・・。
もう2ヶ月近くになる。被疑者の自宅で被疑者の母親に刺されてしまったのだ。
前に刺されたときにはお守りに守って貰えたのだが、今回は腰だったからそうもいかなかった。
大量出血して一時は危険な様態だったようだが、今こうしているのだからやっぱりお守りはムッチャクチャ効き目があるらしい。吉田のおばあちゃんにお礼言わなきゃな。
そういえば、あの母親どうなっただろうか。前の時はみんなで隠蔽したから何事もなかったように出来たけど、今回は本店の人たちも見てたからそういうわけにはいかないだろうな・・・。

そんなことを考えていると電話のベルが鳴り響く。
狭い病室なのに妙にベルの音が大きいからビクッとしてしまう。
出ると懐かしい声が聞こえてきた。

「あ、青島くん?すみれ。元気?」
「あぁ、すみれさん。気にしてかけてくれたんだ。」
すみれさんはいつも元気だ。
「良いお知らせを二つほどね、聞かせてあげようと思って。」
「へぇ、何?彼氏でもできた?」
去年のクリスマスも彼氏がいたんだよな、すみれさん・・・。
「そんなわけないでしょ。ほら、あの領収書の件・・」
ちょっとホッと・・・したかな。
「あぁ、真下から聞いたよ。署長もひどいよね。」
「あれね、みんなで署長たちを懲らしめたら全額戻ってくるってことになったのよ。」
「わぁよかった。サンキューすみれさん。」
「でね、申請してもらわないといけないから、書類を出して欲しいの。明日そっちに持っていく。」
助かった。正月ももうすぐだっていうのに、金なくて困ってたんだよね。
「じゃあね。」
乱暴に切られた電話から情緒のない定期的な発信音だけが聞こえる。すみれさんの電話は簡潔明瞭だ。
ん?でもお知らせ二つって言ってたよな。もうひとつはなんだ?
折り返し掛けてみようとも思ったが、明日会えるんだ。
どうせ他にすることもないし、空想してみるのも時間つぶしにはいいだろう。
受話器を置いた。

今にも雪に変わりそうな雨が、申し訳なさそうに窓に水滴を作っていた───。


昨日の雨はやっぱり雪に変わったらしい。
窓のサンに少しだけ積もっていた雪が、久しぶりに顔を出した太陽の光を浴びて、落ちていった。
起きたての身体に酸素を入れようと軽くノビをしたら、手の平に鉢植えが当たった。
和久さん、根付くからいやだっていうのに「良い松だ」からって置いていくんだもんな。お陰で2ヶ月近くも・・・。
その思考を遮ったのはノックの音だった。
どうぞとも言わないうちにドアが乱暴に開く。
「せいぱーい!」
真下の声はいつも頭に響く。ここが個室でなければ周りの患者さんに迷惑になったところだ。
「せんぱい、退院ですって。」
なんだなんだ?そんなこと聞いてないぞ?
「あれ?昨日すみれさんから聞きませんでした?」
聞いてないよ。そういえばすみれさんが来るって聞いたけど・・・。
「ずっと追っていた外国人の万引きグループが今朝大量に捕っちゃって、それを引き取りに行ったんですよ。僕、代行です。」
ごそごそと鞄を探りながら応える。
真下も係長のくせにこんなところにいていいのか?なんて考えてると
「はい、これ。申請書です。例の領収書、覚えてる限り書いて下さいね。」
お、助かるよ。
茶封筒を受け取る。
「もう一枚ある。」
無愛想な聞き慣れた声。
黒いコートに眉間のしわときたら・・・。
「室井さん!どうしたんですか!?」
思わず真下からもらった封筒を落としてしまった。
「労災の申請書だ」
また一枚茶封筒を手渡される。
「署の方にちょうどいらしてて先輩のこと気にされてたみたいなので、一緒に来たんですよ。」
床に落ちた封筒のホコリを叩きながら真下が応えた。
「室井さん、仕事いいんですか?」
「今日はこの後予定もないから大丈夫だ。青島こそ、大丈夫か。」
「えぇ。もうバッチリ。いてて・・・」
軽くガッツポーズをして見せたら、ちょっと腰が痛んだ。
「無理はするなよ」
ちょっとだけ眉間のしわが少なくなった。
「早く仕事に戻れるようにリハビリしてます。」
笑って見せたが、やっぱりちょっと痛い。
「そうか・・・」
すると、またしわが増えた。
「それでは私はこれで失礼する。」
また無愛想に出ていった。彼らしい。
「ほ、本庁までお送りします!」
と叫びながら真下もそれを追って飛び出ていった。
二枚の封筒を見比べながら、ちょっと嬉しくなった。長い病院生活から一気にリアルな世界に戻ってきた気がする。
あ、室井さん来たらケリいれてやろうと思ってたんだ・・・ま、いっか。
「室井さん、あとはいいから先輩についてろ、って行っちゃいました。」
真下が戻ってきた。いつまでたってもエリートっぽくならないな、こいつは。

ベッドの縁に手を掛け、立ち上がる。
「退院だって?」
「えぇ、年末特別退院ですって。」
と言いながら肩を貸そうとする。
「もう平気、自分で歩けるよ。」

後ろから真下が話しかけてくる。
「先輩、今度看護婦さん誘って合コンしましょうよ。先輩いなかったから婦警との飲み会も無くなっちゃったんですよ。」
「分かったよ。」
また適当に返事してしまうが、どうも真下の目がマジだ。今回ばかりは逃げられないかな。

病室から出ると冷たい空気が押し寄せてきた。
一度深く息を吸い込むと体内の空気が入れ替わったように引き締まる。

「先輩、帰りましょう。まだ身体完璧じゃないんでしょ。ゆっくり休んで・・」
「いや、署に戻る。」
タバコをくわえたところで病院内だということを思い出して、戻す。
「はい?」
「湾岸署に帰る・・。」

いつものコートを羽織ると、ちょっと痩せたせいだろうか、少し大きい気がする。
しかしまたこれに着慣れるのもきっと、すぐだ。
青島俊作のDRAGNETのプロフィール内にある事後記録に基づいて書きました。
私の下手な文章でも、細かいリンクがちりばめてみたので、そこそこ楽しめるのではないでしょうか。
ほんとは真下でなくすみれさんを迎えに来させて最後のタバコはすみれさんに「ダメよっ」てとられちゃうようにしたかったのですが、公式記録が「真下が迎えに来た」となっているのでこうなっちゃいました。
早々に仕事を片づけたすみれさんを登場させようと思ったんですが、そうすると合コン云々の下りが苦しいかなぁとも思いまして、諦めました。
とりあえず、青島は退院したら家に帰るより先に湾岸署に戻りたがるよね、という思いで書きました。
実は一時退院なのでまた戻ってくるのですね。だからまだ腰が痛いんです。と書き足しておかないと何で痛いのに退院するんだとか言われそうだから。
と、これだけずらずらと編集後記を書いてるってことはそう、自信がないのです。
だってフィクションなんて書くの初めてなんだもん。じゃあヌケヌケとアップするなよ。
でも、書いててちょっと楽しかった。
Written by かず
1999.5.16
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